03
波乱の部内会議が終わると、鈴木が与田に声をかけた。
「与田さん、ちょっと早いけど、昼食でも一緒にどう?」
鈴木の意図を察した与田と一緒に、二人は近所の定食屋に出かけた。
まだ11時半前ということもあり、定食屋の客はまばらだ。
「いやあ、宮前さん、まったくウワサ以上の人でしたね。どう思いました?」
鈴木はおしぼりで手を拭きながら、与田に話しかけた。
「たしかに強烈な性格ですね。でも骨はありそうだとは思いました」
「まあ、いい意味でも悪い意味でも、停滞気味のウチの商品企画部を大きく変えてくれるかもしれませんね」
給仕が運んできたお茶を飲んで、鈴木はひと息つく。この定食屋のほうじ茶はなかなかうまい。
「そこで、与田さんにお願いなんですけどね。宮前さんは組織上、私付けになっているんですけど、与田さんに彼女の面倒を見ていただけないかと思って——」
与田の口元にはかすかに笑みが浮かんだが、目は笑っていなかった。
「たぶん、そんな話じゃないかと思っていましたよ。でも彼女は、私の言うことなんて聞かないと思いますよ」
「いや、別にいいんですよ。細かく指導しなくても——」鈴木は運ばれてきた料理に箸を付けながら続けた。「彼女から何かあったら、相談相手になってほしいだけですから」
「あの彼女が相談ですか? しますかね、そんなこと」
「あくまで、そうなったら、の話ですから——」
「わかりました。やってみましょう」
「引き受けてくださると思っていましたよ。感謝です」鈴木は刺し身定食を「いやあ、うまいなあ」とたいらげると、言い忘れたように付け加えた。
「あ、そうそう。彼女は私にもいろいろと言ってくると思いますけど、基本的に全部与田さんに投げますから。ご対応をお願いしますね」
「なるほど、そう来ましたか」自分の手に余るということか——。与田はそう思ったが、表情には出さなかった。
久美の言動自体は、与田は決して嫌いではなかった。今朝の電車の中での行動や、部内会議での発言を見るかぎり、正義感や使命感はありそうだ。だが、あの歯に衣着せぬ物言いや荒削りな行動はきっと物議を醸すだろう。これから楽しくなりそうだ。
会計を終え、店を出て、鈴木は与田に話しかけた。
「そういえば、今日の夜6時から〝与田スクール〟でしたよね?」
〝与田スクール〟とは、正式名は「商品企画部ナイトスクール」。商品企画部で定期的に開催している勉強会だ。与田が中心となり、マーケティング戦略などをみんなで学んでいるので、商品企画部では通称〝与田スクール〟と呼ばれている。
「はい。予定どおりです」
「じゃあ、宮前さんにも参加してもらうように伝えておきますね」
04
夜6時。商品企画部の会議室には、メンバーが続々と集まってきた。与田スクールには、いつも商品企画部のほとんどのメンバーが参加している。
本日のテーマは、「事業とは何か?」である。
「企業にとっては、『自社の事業とは何か』ということをしっかりと考えることが大切です」
ホワイトボードに「事業とは何か」と大きく書きながら、与田は参加者に向かって話しはじめた。
「なぜか? それは、自社の事業をどのように定義するかで、企業の戦略が大きく変わってくるからです。何よりも大切なのは……」
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