沈められた村

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたい」
世界一売りづらい「殺し」を売るための会社作りに奮闘する女子大生、桐生七海の会社が警備を担当するリサイタルにおいて殺人事件が起こる。七海の最大のピンチにおいて、「最強のマーケティング技巧」を持つ西城は「今がチャンス」と言い切り、次の一手を伝授する。そして物語は次の展開へ――。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第20回。

「絶対におかしいって!」

車内に相川響妃の声が響く。

秋山明良が運転する車は、群馬の山中を走っていた。対向車もほとんど来ないような奥地である。先ほどから、同じことを繰り返されて、運転しながら、秋山はもううんざりしていた。

「一〇二歳のおばあちゃんだよ? もう少しで死ぬんでしょ?」

「そういう言い方はないだろ」

「でも、でも、でも、よく考えてよ。一〇二歳のおばあちゃんを殺して、何の得があるの?」

「誰に何の得があるか、僕だって知らないけど、でも親父からの情報によると、間違いないって」

秋山がその情報を得たのは、新聞記者の父からだった。自分では動けないから、この件、調べてみないかととても奇妙な話を秋山にした。

響妃に言われるまでもなく、秋山もおかしい話だと思った。けれども、あの父が言うのだから、ガセネタということはありえない。

「だからさ、ついて来なくていいって言ったのにさ」

「てか、もう、ここまで来ちゃったよ。どこ、これ。山奥? 遭難?」

響妃は両手を雨乞いするかのように天に向かって広げ、短い髪を振り乱すようにして言う。

先ほどから左手の森林の合間に、大きなダム湖が見えていた。昼の光を反射して、水面が眩しく光っていた。

助手席に乗る響妃の髪が、光を受けて黄金色に煌めく。認めたくはないけれども、やはり、響妃の横顔は絵に描いたように美しいと秋山は思った。それを認めてしまうと、なぜか、無性に腹が立った。

このダム湖の周囲のどこかに、目標の老人ホームがあるはずだった。 ところが、湖があまりに大きく、どこにあるのか、見当たらないのだ。

「この湖の底に、村が沈んでるって考えると、なんだか怖いよね」

響妃は、窓の外を眺めながら言う。

今から四〇年前、当時日本一の規模と言われたこのダムを建設するために、ある小さな村が沈められた。政権がかわるたびに、建設の是非が議論されたが、結局はこうして巨大なダムができている。

数千億円というお金が動いたという。その額は、もはや小さな経済とでも言えるような規模で、このプロジェクトで多くの人の運命が変わっただろう。 工事を受注した大手のゼネコンばかりではなく、下請け、孫請けの会社、村の移転から生じる膨大な仕事など、数万人の人生に影響する事業だった。

「今から行く老人ホームには、その村のことを知っている人たちがいる」

うん、と響妃は頷く。

「でも、自分の生まれ故郷が湖の底に沈められるって、どんな気持ちなんだろう」

秋山は想像してみた。

自分が通った小学校が、遊んだ公園が、生まれた病院が、いつも通っていたスーパーが、そして、自分が育った家が、水の底に沈む。 思い出の拠り所となる、あらゆるものが沈められたとき、人は何を感じるのだろう。

「うまく、想像できないよね……。見えてきた、あれじゃないかな?」

秋山は、アクセルを緩める。深い緑が左右から覆いかぶさるように門があって、鉄扉が内側に開いていた。その林の向こうに、建物が見えた。

「大きい。老人ホームというより、美術館か、文化会館って感じね」

響妃の言うとおり、老人ホームにしてはとても大きな施設で、近代的なデザインがなされた最先端のコンクリート建築物が林の中にあった。

「ま、国から移転費用がだいぶ出たのがわかるよね」

ダムの対岸に、その老人ホームはあった。遠くに、コンクリート製のダムが、まるで万里の長城のように見えた。ここから、かなりの距離があるように見える。

庭がダムの湖畔に面していて、公園のように整備してあり、ベンチが置いてあった。空が、青かった。澄み切っていた。

「本当にいいところね」

響妃が言うように、そこは老人ホームの印象とはかけ離れた、楽園のような場所だった。

駐車場に車を停めて、外に出てみる。 冷ややかな山の空気が、肌にとても気持ちがいい。

「贖罪、なのかな」

秋山は目の上に手をかざして、ダム湖を眺めながらつぶやくように言う。村を沈める罪悪感 が、この壮麗な建物に転化されたようにしか思えない。

「誰の、誰に対しての?」

わからない、と秋山は首を横に振る。

「でも、この施設なら一〇二歳まで長生きするのもわかるよね」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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