一八億九〇〇〇万円の情報

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」
女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強のマーケティング技巧」を持つ西城に弟子入りすることで解決しようとする七海。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第17回。

「先生のビジネスって、本屋、ですよね?」

七海は周りを見渡して西城に言う。高台を中心として、この本屋には当然のように本がぎっしりと詰まっていた。棚から溢れて、台座に積み上がってしまうほどに本があった。ただし、相変わらず、客はいなかった。

「そう、僕は本屋だよ。間違いなくね」

西城が言う。

「ただ、商店街や駅前にある大型書店とはちょっと概念が違う。みんなが思っているよりも、原始的な、本質的な本屋だと言っていい」

「どういうことですか?」

「たとえば、この本を買うとして、七海はこの本の何にお金を支払っているのかな?」

西城は、棚から一冊の文庫本を取り出して、七海に手渡す。そこには『論語』と書かれている。

「何にって、中の情報ですか?」

そのとおり、と西城は七海の顔を指す。

「本を買うとは、別に、紙を買っているわけじゃない。紙を買うだけなら、そんな値段がするはずがない。僕らが本を買うときに、何に対価を支払っているかといえば『情報』にお金を払っていることになる。その知識はいろんな形態をしていて、記事だったり、小説だったり、ノウハウだったり、絵だったり、写真だったり、そのすべてが組み合わさったものだったりする。つまり、紙の本は『情報』を伝達するための一つの手段に過ぎないんだ。本が紙であることに、本質はない。たとえば、この本については、七海も知っているね?」

西城は七海に手渡した文庫本を指す。もちろん、七海は知っていた。

「『論語』は、中国の春秋戦国時代の孔子の言葉を弟子がまとめたものですよね?」

「孔子は大昔の中国の人だ。でも、僕らは大昔の中国の人の『情報』すらも、時空を超えてこうして手にしている」

「本は、時空を超えるんですね」

「それが、本の持つ最も重要な性質の一つだよ。ただね、理想はその情報を直接、孔子本人から聞くことだろうと思うんだよ。まさに、孔子の弟子の立場でね。でも、時代も国も違うから、それが不可能だから、僕らはこうして、仕方なく、本に頼るわけだ」

「なるほど、本は、仕方のない、ある意味妥協の産物なんですね」

「そのとおりだよ。それは、紙の書籍でも、電子書籍でも変わらないことだ。本当なら、孔子の言葉を直接、その場で聞いたほうが勉強になるに決まっている。そこには、動きがあり、声があり、体温があり、まさにリアルで情報量が比べ物にならないほど多いからね」

「ワード・ファイルとかテキストデータって送るのにそんなに苦労しませんが、動画のデータを送るときは、大変ですもんね」

「七海はさすがに勘がいい。そうなんだよ。理想的な『情報』の伝達は、リアルだ。そのときに、その場で直接一次情報として、得た情報が、『本』としての価値第一等となる。次に、動画のデータが優れていて、末端としてテキストのみの、いわゆる書籍のかたちをした本がそれに続く」

こういうことですか、と七海は西城の話を頭の中で整理して言う。

「先生は、『情報』自体を、『本』と定義しているんですね。書籍に限らず、あらゆる『情報』が『本』であると」

そうだね、と西城は頷く。

「『本』とは、その人にとっての有益な情報のことだ」

「それが、先生の『本』の定義ですね」

頷きつつ、西城は続ける。

「それだから、大学の授業も『本』であり、マスメディアという表面に上がってこない地下水脈に流れる『情報』も僕にとっては、『本』なんだよ。今までの書店が書籍を扱う狭義の意味での本屋なら、僕は、あらゆる『情報』を扱う、広義の意味での本屋ということになる。そう、僕は、正真正銘の本屋なんだよ」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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