7つのマーケティング・クリエーション

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」
女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強のマーケティング技巧」を持つ西城に弟子入りすることで解決しようとする七海。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第16回。

西城は台座の横の壁面に設えられた黒板に、白のチョークで文字を書き込んでいく。天窓からの光が、天使の尾のように射し込んでいて、たんたんと音を立てて文字を書き込んでいく西城の手元を照らす。

1.ストーリー → 旅立ちの理由
2.コンテンツ → 商品
3.モデル → 仕組み
4.エビデンス → 実数値
5.スパイラル → 上昇螺旋
6.ブランド → 信頼
7.アトモスフィア → 空気

書き終えると、西城はぱんぱんと手を叩いてチョークの粉を払う。それが、差し込んだ光の中でよく映えた。

「会ったときのこと、覚えているかな?」

西城は七海を振り返って言う。

こくりと七海は頷く。もちろん、ここに初めて来た日のことはよく覚えている。西城に「受注数世界一の殺しの会社」を創りたいと言ったのだ。あれから、二年が経つ。

「あのとき、七海には、『受注数世界一の殺しの会社』を創らなければならない『理由』があった」

そう言って、西城は「1.ストーリー → 旅立ちの理由」のところを、指差した。

「だから、僕は君にマーケティングを教えることにした」

「それが、『ストーリー』、旅立ちの理由ですか」

ああ、と西城は頷く。

「人に語れるようなストーリーがなければ、その旅立ちはそもそも失敗する。企業を大きくして売り抜け、お金儲けをしたいからなんて、ストーリーにならないだろう。誰も共感しないし、お金を儲けたいというインセンティブは、案外、人間にとって小さなことなんだよ」

そうなのかもしれない、と七海は思う。お金のためにビジネスに心血を注ぐというのは、な んだか、本末転倒のように思える。お金は、何かを実現するための手段に過ぎないことを、二年間、まがりなりにもビジネスを回してきた今の七海にならわかる。

「そして、2、3、4の三つ、『コンテンツ』『モデル』『エビデンス』は、同じ層にある概念だと思ってもらえればいい」

「層、ですか?」

「この理論は、積み上げ式なんだよ。下の土台をしっかりと創り上げていかなければ、上を積み上げることはできない」

そう言って、西城は本を七冊積み上げてみせる。

「だから、マーケティング・クリエーションなんですね!」

そのとおり、と西城は七海の顔を指す。

ただ、と下の二冊目から四冊目を抜いて、デスクの上に三角形に並べる。

「この『コンテンツ』と『モデル』と『エビデンス』は、同じ階層にあって、回転しているというイメージ」

それを、改めて黒板に描き、三角形に置いた「コンテンツ」から「モデル」へ、「モデル」から「エビデンス」へ、そして「エビデンス」から「コンテンツ」へと矢印を書いてすべてをつなぐ。

「『コンテンツ』があれば、売上が立つ。売上が立てば、その最大化をはかるために『モデル』が形成される。それは、雨が山肌を流れて合理的な形状を描くように、自然と形成されていく。吉祥寺小ざさが、結果的に売上の一割が羊羹になり、九割が最中になったようにだ。最適化された『モデル』を繰り返していくと、実績が積み上がっていく。それが『エビデンス』だ。小ざさの場合、四〇年以上行列が途絶えたことがないという『エビデンス』が生まれる。そして、『エビデンス』を元に、人は期待をするので、『コンテンツ』は自ずから高まっていく」

なるほど、と七海は言う。

「そして、その層は、上昇していくんですね! 回転の一周目と二周目は、同じ高さではない。螺旋のように上昇していく。だから、五つ目の要素は『スパイラル』、上昇螺旋なんですね!」

西城は頷いて続ける。

「うまくいくと、この『スパイラル』は、まさに上昇気流のように舞い上がっていく。その上昇螺旋の行き着く先に『ブランド』がある。『ブランド』は、浮遊しているもので『スパイラル』が続かなければ、『ブランド』であり続けることができない」

西城は指を立てて、それをクルクル螺旋状に回してみせる。

「ブランド……」

七海は西城の言葉を繰り返した。「ブランド」、実にいい響きだ。

そして、ようやく、西城が言っていた意味がわかった。前に、西城はこう言っていたのだ。

—重要なのは10%の「殺し」のほうだよ。

「殺し」のビジネスがうまくいかなければ、警備などの「安心」のビジネスはうまくはいかない。

つまりは、こういうことだったのだ。

「『殺し』のビジネスがうまくいかなかったのは、小ざさにおける羊羹がなかったからで、『コンテンツ』がない状況で、『モデル』を組み上げ、回転させて『エビデンス』を積み上げてしまったんですね。それで見かけ上の『スパイラル』が形成されて、見かけ上の『ブランド』が形成された」

それがレイニー・アンブレラだった。

そうだね、と西城は引き継いで言う。

「『コンテンツ』なきマーケティングは、まさに砂上の楼閣で、だから、一発の銃弾だけで、七海のビジネスは脆くも崩れ去った。殺しの会社なら、本来、絶対的なエース・スナイパーが不可欠。これを外注に頼っていたので、『コンテンツ』が実は空白になっていたんだね。それはまるで、小ざさが他の店から羊羹自体を仕入れてきて売っていたようなもの。この空白のままにビジネスを回転させてしまったので、いびつなかたちでスパイラルが起きた。そして、必然的に崩壊した。もし、豊島公会堂の銃撃がなくとも、このモデルが崩壊するのは、時間の問題だった。マーケティングにとってすべての『核』となる『コンテンツ』がなかったんだからね。そこに行列ができるはずもなかった」

だからなんですね、と七海は言う。

「だから、『コンテンツ』を補うためにも、豊島公会堂であの運命の銃弾を放ったスナイパー、『最強の矛』を仲間に引き入れる必要があるんですね!」

改めて、七海は黒板に書かれた「7つのマーケティング・クリエーション」を反芻する。

1.ストーリー → 旅立ちの理由 2.コンテンツ → 商品 3.モデル → 仕組み 4.エビデンス → 実数値 5.スパイラル → 上昇螺旋 6.ブランド → 信頼 7.アトモスフィア → 空気

もし、「最強の矛」であるスナイパーが仲間になれば、「2.コンテンツ → 商品」は、まさに最強となる。小ざさの「幻の羊羹」に匹敵するハイパー・コンテンツとなるだろう。

あの距離で、あの􄼱間で、あの一瞬の間に、狙撃を正確に成功させるスナイパーは世界でもそう多くはない。

レイニー・アンブレラをできるだけ大げさに終わらせて、「最強の盾」が「最強の矛」によって崩壊したという印象を世に与える。そして、「最強の矛」を中核に据えた、新しい殺しのビジネスを興す。「殺し」を行列にして、「安心」のバックエンド商品として売上を伸ばし、「3.モデル → 仕組み」を構築させ、その実績、すなわち「4.エビデンス → 実数値」を積み上げながら、高速で「コンテンツ」、「モデル」、「エビデンス」を回転させて「5.スパイラル」させ「上昇螺旋」を描く。やがて、その足跡が新しい「6.ブランド」になるだろう

「先生! 今までのことって本当に無駄にならないんですね! 今までレイニー・アンブレラをやっていたからこそ、この理論がすっと入ってきます!」

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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