イラスト:堀越ジェシーありさ
「これは一体……」
体育館のような広さの空間に、天井まで届きそうな、鉄でできた大きな円柱のタンクが幾つも並べられていた。その円柱を覆うように、縦横無尽に透明なパイプが巻かれている。
その中を色とりどりのボールが転がって運ばれていく。最終的にそのパイプは束となり、壁から外へと繋がっているようだ。
壁やタンクの至るところに用途の不明な光るスイッチがついていて、明滅を繰り返している。タンクやパイプから工場という言葉を連想するが、そうした無骨さを全く感じないのは、さっきの部屋と同じく、空間全体がピンクがかっているからだった。
「せっかくですから、少しだけ中を歩いてみましょう」
そう言って歩き出す管理人に、健人は従った。さっきまでの憤りも忘れてしまいそうになるほどの、息を呑むような景色だった。タンクから延びている筒が、時折水蒸気を吹き出している。近づいてみると、微かな振動と低音が伝わってくる。少し離れたところからも、工場らしいごうごうという機械の音がしている。
「夢の世界は幾つもの要素でできています。あのパイプの中を運ばれている、カラフルなボールの一つ一つが夢の要素です」
夢の管理人は静かに口を開いた。
「喜び、悲しみ、期待、恐れ、幸福、勇気、怒り、様々な要素がここで調合され、現実の世界へと出荷されます。そうした要素の集まりと、受け取った人の記憶が混ざり合い、一つの夢へと形を変えます」
「じゃあ俺の夢も、その要素と俺の記憶が混ざり合って、あんな夢になったんですか?」
「夢の要素の中でも、ごく稀に〝未来〟と呼ばれる要素が混ざることがあります。その名の通り、未来の景色を夢の中に映し出すものです」
「そうですね、〝未来 〟に、〝悲しみ 〟や〝不安 〟の要素が調合されたものが送られてしまったようです」
「ようですって……それを管理するのが夢の管理人の仕事じゃないんですか」
健人も口調がきつくなってしまう。
「調合の割合や組み合わせは工場の気まぐれで、私たち管理人は調節することができません。その代わり先ほど言った、夢の修正を行うことはできます。そしてそれが現実世界に与える影響は、健人さんももうわかっているかと思います」
「夢ができる仕組みはわかりました。俺が不幸な夢を見ているのもこの工場の気まぐれだということもわかりました。じゃあ、どうやってその夢の修正をすればいいんですか?」
今見ているあり得ない世界を受け入れた上で、健人はどうすればいいのか知りたかった。
「夢の修正は、健人さんからの許可をいただければすぐにでもできます。もう一度新しい要素を送るようにします。ただ、これは一生で一度しかできません」
一生で一度。
そういえばネット掲示板の書き込みでも見たことがあった。あれを書き込んだ人は、本当にここに来たことがあった人なのかもしれない。
一生で一度と言われても、健人には全く迷いはなかった。ここに来た理由は、ただ葵に悪いことが起こらないで欲しかっただけだからだ。
「それなら、今すぐに、お願いします」
健人はすぐに答えた。
「修正を終えると、夢工場への扉は鍵がかかって、もう開くことができません。それでも大丈夫ですか?」<つづく>
【次回は…】
夢にはその人を不安させることもあるが、逆に奇跡を起こす力もあるという。人々に公平に出荷される夢の要素。ふと「夢とは何だろう」という疑問が頭に浮かんだが、そのまま意識は遠のいていった