イラスト:堀越ジェシーありさ
管理人の言葉に健人は驚いた。
「そんな、まさか世界中の夢をチェックしているの?」
健人は地元でバイトをしていた時のカフェの事務室を思い出した。
テレビが一つ置いてあり、複数の監視カメラからの店内の映像が画面に映っていた。
「いえ、数が多くてそんなことは現実的にできません。私たちは明晰夢を見ている人の夢だけを監視しています。一晩に監視の対象になる人は限られていますよ。そこでその人たちの望みや悩みに触れ、何か問題が起きていないかをチェックします。夢工場に来る可能性があるのは、明晰夢を見ている人だけですから」
管理人は普通のことのように説明しているが、健人にとっては自分が見ていた夢の仕組みを教えてもらっているようで、なんだか俄かには信じられないような気持ちになった。
「説明はこれくらいにして、ここに来る理由になった出来事を、あなたの口から聞かせてください」
改まったように管理人は言った。それはまるで、事情は知っているけれど、本人の口から直接聞かせてください、と言っているようだった。
「その、うまく言えないんですけど、友達が事故に遭う夢を見て……それが現実でも起きて……」
健人はこれまで見てきた夢の経緯を話した。夢の管理人は無言で、頷きながら聞いている。時折メモ帳に何かを書き込んでいるようだった。
「予知夢って聞いたことありますよね?」
話を聞き終えたのち、管理人は口を開いた。
「夢の中で未来が見えること?」
「そうです。夢というのはごく稀に〝未来〟という要素を含むことがあります。夢は古来より、見えない未来を少しでも照らす為のヒントになっていました」
健人はふむふむ、というように聞いていたが、よく考えると冷静ではいられない気持ちになった。
「それじゃあ、夢で見たことが現実で起こるというのは……」
「十分にあり得ます」
もし彼女の言っていることが本当なら、葵は高い確率で交通事故に遭うことになってしまう。
「その夢を、というか現実を、なんとかする方法はないんですか」
健人は焦って尋ねた。
「……ありますね」
管理人は少し迷ったように言った。
「夢の修正をすれば、避けられる可能性があります」
夢の修正。不思議な言葉の響きだった。
「でも夢を修正しても、現実を変えないと意味がないんじゃ……」
「それが、そうとも限らないんです」
管理人は表情を変えずに言った。
「夢というのは、現実の人たちが思っている以上に大きな影響力を持っているものなんです。例えば、朝起きた時にどんな夢を見ていたか覚えていなくても、なんとなく気持ちが重い日ってありますよね?
あれは、悪い夢を見たことが原因になっている場合が多いんです。逆に楽しい夢を見ていた日は、寝覚めが良かったりします」
夢が現実に及ぼしている影響は、想像以上に強いものらしい。朝に弱い健人であるが、寝覚めのことなど今はどうでもよかった。
「その、夢の修正をすれば、必ず葵は大丈夫なんですか」
「必ずとは言いません。でも、健人さんは繰り返しその夢を見ているんですよね?」
「はい。毎週、決まった曜日に」
「その場合であれば、きっと現実は変わると思います」
健人は管理人の含みを持たせた言い方が気に入らなかった。
「ここに人が来るのは初めてじゃないんですよね? 過去に俺と同じケースはなかったんですか?」
「人の数だけ夢はあります。膨大な種類があるため、保証はできません。ですが、一人一人に対応するために私たちがいます」
管理人は申し訳なさそうに言った。
「こういうのって、原因とかないんですか? 夢が現実とリンクしてるってのはわかりましたけど、繰り返しこんな夢見ているのにも何か理由がありますよね?」
健人はこれまで誰にも話せずにいたストレスをぶちまけるように言った。
大切な人に残酷なことが起こる世界を繰り返し見た。
そして現実にも危うくそれが起こるところだった。そんな現実を作り出す原因がまさかの夢だったのだ。
その夢をどうして自分が見るはめになっているのか知りたかった。
「それには、夢ができる仕組みを説明しなければなりません。健人さんには……ちゃんとこの世界のことを知る権利がありますね」
管理人は何かを決心したように言った。ついて来てください、と小さな声で言って、椅子から立ち上がった。彼女は健人が来た方とは逆の扉へと歩き出す。健人も立って、その背中について行く。
「ここで見たことは現実の世界では言わないでください。言ったところで、おそらくあまり信じてもらえないと思いますが……」
そう言って扉を開いた。五メートルほどの細い通路があり、その先には驚くべき光景が広がっていた。
<つづく>
【次回は…】
夢工場で喜び、悲しみ、期待、恐れ、幸福、勇気、怒り……、様々な要素が調合され出荷されている。ここラムレスに来た者は一生で一度だけ自分の夢を修正できるという。僕は迷わず一つのことをお願いした