三島由紀夫との出会い
平野啓一郎(以下、平野) ちょうど名前が出たので、横尾さんに非常に大きな影響を及ぼした三島由紀夫について、少し伺いたいと思います。
横尾さんが三島さんに初めてお会いになったのは、すでに独立されて、イラストレーターとして作品を出されてからのことですね。展覧会の会場で三島さんに会ったということだと思うんですけど。先ほども三島さんのファンだったと仰っていましたが、小説もかなり読んでいたのですか?
横尾忠則(以下、横尾) 僕は神戸で20歳でうちのかみさんと知り合って、同棲したんですね。そのときに彼女が、三島由紀夫の『金閣寺』を図書館から持って帰ってきて、家のなかに置いていたんですよ。
僕はそのとき、「三島由紀夫を読むような女性と結婚生活に入ろうとしているわけか、これはちょっと問題だな」と。僕がなりたかったのは郵便屋さんで、三島由紀夫を必要とする文学的な素養はないし、とにかく「これは困った」と(笑)。だけど、知り合って1週間で一緒に住むようになっちゃったからさ、かみさんのこと何にもわかんないわけですよ。
もしわかる手だてがあるとすれば、その『金閣寺』ですよ。でも、何が何だかさっぱりわからない。
それまで僕は大人の小説をいっさい読んでなくて、江戸川乱歩の少年ものとか、南洋一郎の密林ものしか読んでなかったわけです。とにかく難解で、まったくわからない。漢字だって読めない。「これを読む人と生活できないな」と思った。
ところがあとでわかったんだけど、かみさんは僕と結婚して以来、もう60年も経っているんだけれども、小説を全然読んだことない人なんですよ。あのときは「ええとこ見せよう」と思って持ってきただけで、彼女は『金閣寺』なんか読んでないんですよね(笑)。
でも、僕はあのときに『金閣寺』を読んでいなければ、三島由紀夫に対して関心を持つことはなかったと思う。さっぱりわからなかったけれども、初めて気になった作家だったんです。それで東京へ出てきて、そんなに時間も経たないうちに、道で三島さんにばったり会ったりしてさ。
平野 見かけたということですか?
横尾 ばったりと言ったって、向こうは僕を知らない。僕のほうが三島さんを知っているだけで、「おっ」という感じ。
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