ハゲはヤバい。
初めてそう思ったのは、高校生の頃だった。
夏休み前のある日、同じ寮のHが部屋にやってきて言った。
「パーマをかければモテる」
「モテねえよ死ねよ」
0.5秒で言い返したぼくの肩に「おまえが死ねオタク野郎」とパンチして、隣に座るとHは右手に持ったヘアカタログをひろげた。
Hは16歳にしてすでに若ハゲの徴候を見せる超高校級のハゲだった。
そんな彼がパーマ……どんな悪質な冗談なんだ。自殺するつもりなのか?
彼はぼくを見てふっと笑い、言った。
「おまえは一生アニメでオナニーしてろ。俺はこの夏、やるぜ」
そう言って、ベッドの下に重ねた「ホットドッグ・プレス」の束にヘアカタログを突っ込むHの目は本気だった。
夏休みが終わったあと、寮に帰ってきた彼を見て、ぼくは思わず言葉を失った。
スキンヘッドだった。
もはや超高校級のハゲという概念を貫通し「ただのハゲ」という領域に到達していた。
パーマはどうなったんだよ!
そんなツッコミすら許さないほど毛がなかった。
どうしたのか聞いてみると、
「学校にバレたらまずいから切った」
などと見え見えの嘘を吐いた。
哀愁を帯びた笑いをうかべるHに向かってぼくは十字を切り、それ以上なにかを聞くことはしなかった。
なにが起きたのかはわからない。
ただわかるのは、ヤツが毛と同時になにかを失ったことだけだ。
とにかくハゲはヤバい。それだけは確かだ。
あれから20年。
ぼくは今、かつてのHの如くハゲかかっていた。