彼女との初めての休日デート

【未来の夢④】
バイトもしてなかったので週末特に何もすることがなかった。いつも通り、ベースの練習をしながら部屋でゴロゴロしていた時、彼女から突然電話がかかってきた――
<WEAVERの河邊徹がドラムスティックからペンに持ち替えて描いた作家デビュー作!>

 イラスト:堀越ジェシーありさ 

 大学生になってからの週末は、特にすることがなくゴロゴロしている。何となく、夏休みが始まるまでバイトはしないと決めていた。宿題やレポートも毎日何時間もかかるほどではなく、基本的にインドアの健人は、部屋で本を読んだりベースを弾いたりして休みを過ごしている。この日も午後と呼ばれる時間まで惰眠を貪っていたが、お昼過ぎに葵から突然電話がかかってきた。

「健人ー、今日暇? 夕方から楽器屋さんに、弦を買いに行くの付き合って欲しいんだけど……時間ないかな?」

 急な誘いに健人は少し戸惑った。

「ああ、いいけど……。俺じゃ何のアドバイスもできないから、良介とか連れてった方がいいんじゃないの?」

「健人と行きたいんだってば」

 葵ははっきりと言った。学校で毎日のように会っているが、考えてみれば休みの日にわざわざ一緒に出かけたことはなかった。改めて誘われるとちょっとどきどきしてしまう。

「うん、いいけど」

「じゃー夕方五時にね」

 電話が切れてから、健人は自分がにやにやしていることに気がつく。「予定がない日に急に予定が入る」というのは、「満員電車」や「小銭だらけになった財布」と並んで大嫌いだったが、なぜか今回は嬉しかった。

*

 待ち合わせは楽器屋のある、大きな街の駅だった。駅前には待ち合わせに定番の犬の像があり、多くの人がその周りで携帯を眺めたり電話をしたりしている。

「うわーすごい人だ」

「すごい人だねー」

 無事合流できた二人は同じ感想を漏らす。二人とも田舎出身なので、いまだに人が多いところは慣れない。しばらく地図アプリを見ながら歩くと、目的地である楽器屋が入っているビルに着いた。
 ビルは五階までの全フロアが楽器屋になっており、それぞれのフロアで専門の楽器が分けられているようだった。エレベーターを使って三階に行くと、そこにはフロアいっぱいに色とりどりのギターが並べられていた。健人の地元にある楽器屋よりも格段に広く、品揃えも段違いだ。

「すげー! 初めて来た」

 ついて来ただけだった健人も、興奮して声を上げた。

「この弦、今月のギターブックで見たよ。弦変えるだけで全然音が変わるんだって」

 どんなに音楽が好きだと言っても、まだまだ楽器初心者の二人にとって、一つ一つのことが新鮮で楽しい。

「なんか眺めてるだけでわくわくしちゃうね。毎日通っちゃうかも」

 葵はうっとりしたように言った。

「楽器って見た目もいいよな。先輩が見た目のかっこいい楽器は音もいいって言ってた」

 健人は木目の綺麗なビンテージのギターを眺めながら言った。

「新しいギター欲しいなぁ。大学生になったし、買っちゃおうかな。でもお金ないしなぁ」

 葵は光沢のあるブルーのギターを見ながら言った。下には9万円と書かれた値札がぶら下がっている。

「たくさんバイトしないといけないね」

「私、夏から大学の生協でバイトしようと思うんだ。家から近いし、授業終わったらすぐ行けるし」

「もう古着屋じゃなくていいの?」

「ああいうとこって時給安いの。みんな好きだから働いてるって感じ。でももう一人暮らしだから、自由に使えるお金があったほうがいいなと思って」

 意外としっかりしたことを言う。

 試奏してみよっかな、と言って葵は店員さんを呼んできた。さわやかな好青年という感じの店員がやってきて、こちらへどうぞー、と言う。都会の楽器屋は、店員の雰囲気まで違う。

 二人は防音の壁で仕切られたブースへ案内された。楽器の試奏用に作られた小さな部屋で、立派なアンプが置いてある。店員はテキパキとシールドをブルーのギターに挿し、葵に手渡した。分厚いドアが閉められ二人になる。

「ちょっと弾いてみるね」

 そう言って葵はギターを弾き出した。キュイーンと軽快なエレキの音が響く。葵は何度もアンプやギターに付いているツマミを調整する。
 心地いい音だと思った。葵のストロークに合わせて、尖った音が出たり、指の動きと共に優しいアルペジオの旋律が奏でられたりする。そしてうまく言えないが、健人はこのギターが葵にとても似合っているように思えてきた。フレットの上を、細い指が軽やかに行き来する。

「すごくいいと思う」

 素直に言った健人に、葵は嬉しそうな顔をしている。

「いいよね! 欲しくなっちゃうなぁ」

 葵はしばらく気持ち良さそうに弾いたあと、ブースから出て、さっきの店員にお礼を言ってギターを返した。買いますか、などというセールストークをしてこないのもクールである。

「せっかくだからベースのフロアも見に行こうよ」

 葵はそう言って、エレベーターの方へと歩いて行く。ベースのフロアは四階のようなので、一つ上の階だ。階段で行こ、と言って葵は横にあった階段を上がって行く。

「わぁ、すごい!」

 四階のフロアに入ると、思わず健人は声に出した。

 ベース専門のフロアも、ギターと同じく見たこともない程たくさんのベースが並べられていた。こちらも試奏ができるようだった。健人は葵に弾いてみてよ、と横から小突かれたが、さすがに他の客もいるフロアなので、今の腕前ではと気後れして弾かなかった。

 一通り楽器を眺めたあとは、教則本などが並べられているコーナーに行った。二人とも最初は同じ本を立ち読みしていたが、時間が経てばそれぞれ興味のある本のページをめくるようになった。気を遣い過ぎないこの関係が妙に心地よかった。

 しばらく立ち読みをしたあと、葵は結局弦だけを持ってレジへ向かう。大した買い物でもないのに、なんだかすごく幸せそうだった。一緒に来ただけの健人もたくさんの楽器を見て、もっと練習頑張ろう、とこっそりモチベーションを高めていた。  <つづく>

【次回は…】
大学ではよく話していたが、休日に会う彼女はまた違った雰囲気だ。家族のことや音楽のことを話しているうちに、普段とは違った彼女の魅力に惹かれていった

この連載について

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夢工場ラムレス

河邉徹

WEAVERのドラマー・河邊徹の作家デビュー作。バンドで作詞を担当してきた河邊の 〝言葉の世界〟をドラムスティックからペンに持ち替え、描いた「夢」をテーマにした長編作。 ...もっと読む

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コメント

kwb_wvr   東京の楽器屋さん、僕も始めて来たときはその大きさに驚きました。 ということで今日はこちら💁‍♂️ https://t.co/fq405bGLXl #夢工場ラムレス #WEAVER #小説 2年以上前 replyretweetfavorite