平田製作所のある西浅草という場所は、最寄のどの駅にも中途半端に遠く、こういった雨の日には通勤が実に難儀だった。
昼過ぎから振り出した雨は、町子が退勤する時間になっても一向に止む気配がない。
町子は傘を持っていなかったので、二百メートルほど先にあるコンビニで買うことにした。
持っていたハンドバッグを前に抱え、水たまりを避けながら小走りに横断歩道を渡る。なるべく雨に当たらないよう建物の軒下を歩いていると、後ろから名前を呼ぶ声がした。
「町子」
振り返ると、透明のビニール傘をさした岸田が立っていた。
幕張メッセでのあの騒ぎを、町子はステージ上手袖のパーティションの陰から見ていた。岸田が客席を去ったあとを追いかけたが、それっきり見つけられなかった。