二人きりの毎週火曜日の幸せな時間

【未来の夢③】
彼女をギタリストに誘い、始めたサークルでのバンド活動。そんな中で自然と彼女と会う時間も増えていった。メンバー4人での時間を楽しみつつ、毎週火曜日の授業のあと、二人きりでいろんな話をできる時間が幸せだった
<WEAVERの河邊徹がドラムスティックからペンに持ち替えて描いた作家デビュー作!>

 
 二人とも次の授業は三限なのでゆっくりできる。今日は天気も良く外は夏らしい気温だが、ベンチの場所はちょうど木の陰になっていて、風が気持ちいい。広いキャンパスの景色が気持ちをゆったりさせる。大学生というのは、こうした時間がたっぷりあるものだ。

「どうして昔の人は、世界中の言語を統一しなかったのかなぁ」

 のどかな雰囲気とは裏腹に、葵が朝から小難しい話題を振った。どうやら英語が苦手らしい彼女は、授業のあとはいつもこんな感じだ。

「バベルの塔の話が有名だよね。神様が人間に罰を与えるためだったとか」

「それは神話的な話じゃない。もっとこう、経済的にと言うかなんと言うか。もしみんな同じ言語を話してたら、海外旅行も行きやすくなるかもしれないし」

「うーん、どうだろね。みんなが英語を話してたら便利だけど、その代わりに日本語がなくなりますよって言われたら、なんだか寂しくない?」

「確かに」

 ごもっともです、というように葵は頷いてみせた。

「単語とか、どうやって覚えたらいいのかなー。来週の小テスト不安だなぁ」

「寝る前にやると記憶が定着するってよく言うよね。俺は受験生の頃にそうしてた」

「そうなの? どういう仕組みなんだろ。夢の中で単語に追いかけられてたりしてね」

 健人は葵が夢の中で英単語から逃げている姿を想像する。Ⅰから始まる単語は空気抵抗があって遅そうだ。逆にCから始まるものは速そうである。Carなんて逃げ切れそうもない。

「なんかそれ、うなされそうな夢だね」

 二人はそれぞれ別の三限、四限の授業を受け、最後の五限の倫理学の授業でまた一緒だ。毎週火曜日は、そのまま二人で喋りながら帰ることもルーティンの一つになっている。健人にとって、授業の合間や帰り道で葵とたわいもない話をする時間は、明日も頑張ろうと思えるとても幸せな時間だった。

 大学から二人の家の方向は同じだが、葵は大学と家が約一駅分の距離なので歩いて通っている。一緒に帰る時は途中の分かれ道まで、健人も自転車を押して葵と並んで帰るのが習慣になっていた。
 日が長い季節なので、五限が終わったあとでもまだ外は明るい。

「来週からまたスタジオ練習が始まるねー」 

 葵は思い出したように言った。

「良介と浩二、なかなか大学でもすれ違ったりしないよな。あいつらちゃんと単位とれるのかな」

 健人は同じサークルで組んだバンドメンバーの顔を思い出した。

「良介はやらなきゃいけないこと、しっかりやってそう。浩二はちょっと不安だよね」

 葵も思い出しながら笑った。葵の言うスタジオの練習とは、サークルで組んだバンドの練習のことである。
 サークルに入るとまず初めに、一年生はそれぞれ自分の楽器パートを選ぶ必要があった。健人は配られた用紙の自分のパートを書くスペースに、意気揚々と「ベース」と書き込んだ。

 その年に新しくサークルに入った新入生は全部で十七人いて、それぞれはそれぞれの楽器を選択し、それぞれでバンドを組んだ。

 健人は最初の飲み会でたまたま席が同じになったヴォーカルの良介とドラムの浩二と、そしてギターに葵を誘い、人生で初めてのバンドを組んだ。

 良介は背が低めの色白の男で、ボブの髪型に丸メガネがトレードマークになっている。オタクっぽいと言うのかお洒落さんと言うのか紙一重な感じだった。猫背気味な姿はロック好きというよりは読書好きっぽい。話をしていても歌を歌うような男には見えないが、ステージに立つと何かが乗り移ったように歌に没頭する。小さい頃にピアノの経験があったらしく、音感が良い。洋楽の歌詞の発音も器用にやってのけるのだ。

 一方で浩二は背が高く、全体的に肉付きのいいがっしりとした体格の、快活な印象のある男だった。高校生の頃はバスケ部にいたが、趣味でバンドもしていたらしい。声がでかいがドラムの音もとにかくでかい。今は繊細なドラミングを勉強中だそうだ。

 春過ぎに行われた、全ての軽音サークルの一年生が集まってライブをする合同イベントで、四人は一度ライブを経験している。ほとんどが楽器未経験の学生ばかりなので、どこのバンドもひどいものだったが、健人のいるバンドは四人中三人が楽器経験者である。キンクスのカバーをしたということもあって、自称音楽通たちからの評判が良かった。健人も演奏のセンスを褒められ、人生で初めてのライブは得も言われぬ達成感があった。大抵はそうして組んだバンドは、そのイベント一回きりで解散するのだが、四人は自分たちのグルーヴなるものを気に入って、もう一度同じメンバーで夏にもライブをすることに決めた。 

 音楽の趣味はもちろんだが、健人は四人で話している時のバランスがいいなと思った。もっぱら聞き手になることが多い健人だが、このメンバーではみんなが話しているのを聞いているだけでも楽しい。

 そしてそのバンドの練習がまた来週から始まる。大学に入ってすぐにいい友達に恵まれた健人は、自分でもラッキーだと思った。さらに、サークルのおかげで葵と過ごす時間もこれから増えるのだと思うと、それだけで胸が高鳴った。 <つづく>

【次回は…】
バイトもしてなかったので週末特に何もすることがなかった。いつも通り、ベースの練習をしながら部屋でゴロゴロしていた時、彼女から突然電話がかかってきた

この連載について

初回を読む
夢工場ラムレス

河邉徹

WEAVERのドラマー・河邊徹の作家デビュー作。バンドで作詞を担当してきた河邊の 〝言葉の世界〟をドラムスティックからペンに持ち替え、描いた「夢」をテーマにした長編作。 ...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

marekingu #スマートニュース 2年以上前 replyretweetfavorite