結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 おかげさまでこのWeb連載も今回で第220回を迎えることになりました!
みなさまの応援に感謝します。
さて、たいへん恐れ入りますが、さらなるパワーアップをはかるため、 このWeb連載の更新を2018年4月20日までお休みさせてください。
日程は以下の通りです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
Web連載「数学ガールの秘密ノート」予定
・2018年3月16日(金)第220回更新
・2018年3月23日(金)お休み
・2018年3月30日(金)お休み
・2018年4月6日(金)お休み
・2018年4月13日(金)お休み
・2018年4月20日(金)第221回更新
・(以後、毎週金曜日更新)
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
$\EPSLN \DLT$論法へ
テトラ「……以前、$\EPSLN{}N$論法や$\EPSLN{}\delta$論法を学んだときは、極限と収束のことを《論理》の話だと強く思いました。 それはそうなんですが、今日あたしは極限というのは《大きさを評価する不等式》の話なんだと思ったんです」
僕「うんうん、おもしろいなあ。もちろんその両方が出てくるけどね」
テトラ「はい。先輩の証明(第219回参照)を読んでいて、《論理に注意しながら、不等式で大きさを評価している》 と感じたんです。そして気がつくと、証明の中には《無限》や《無数》という言葉は出てきません。 《有限》は出てきました。十分大きな$M$を使って$A_1 + A_2 + \cdots + A_{N_A}$をやっつけるところです。 でもそこでも、《無限》を使ってやっつけたわけじゃありません。 《有限》の$M$でやっつけました。 そういうことを考えていたんです」
僕「確かにそうだね。《無限》は表には出てこないけど、《十分大きな$M$を選ぶことができる保証》に隠れているといえそうだね」
テトラ「なるほどです! ……あたしがおもしろいと思ったのは、
《無限》をきちんと扱うのに、《無限》という言葉が出てこない
という点でした」
僕「それは自然なことじゃないかなあ」
テトラ「何がですか?」
僕「うん、だからね、
《無限》をきちんと扱うのに、《無限》という言葉が出てきてはいけない
と思うんだ。よくわかっている別のことで言い換えるからこそ、きちんと扱えるんだから」
テトラ「あっ……深いですね」
僕「それにしても、平均の極限値はおもったより手強かったなあ」
テトラ「そうですね。でもあたし、$\EPSLN N$論法のことちょっぴりわかったように思います。 《評価する》という感覚のことです」
僕「それはすごい! じゃ、$\EPSLN\DLT$論法もやってみようか。テトラちゃん、以前いっしょに読んだのを覚えているよね」
テトラ「は、はい。$\EPSLN N$論法は数列の極限で、$\EPSLN\DLT$論法は関数の極限で出てきました」
僕「そうそう。$\EPSLN N$論法と、$\EPSLN\DLT$論法を比べてみよう」
数列$\LL a_n \RR$を考える。また、$A$を実数とする。
どんな正の数$\EPSLN$に対しても、次の条件を満たす正の整数$N$が存在するとしよう。
条件:$n > N$であるすべての整数$n$について$\ABS{a_n - A} < \EPSLN$
このとき、 $$ n \to \infty \quad\text{で}\quad a_n \to A $$ と書き、数列の一般項$a_n$は極限値$A$に収束するという。
実数全体から実数全体への関数$f(x)$を考える。 また、$A$を実数とする。
どんな正の数$\EPSLN$に対しても、次の条件を満たす正の数$\DLT$が存在するとしよう。
条件:$0 < \ABS{x - a} < \DLT$であるすべての実数$x$について$\ABS{f(x) - A} < \EPSLN$
このとき、 $$ x \to a \quad\text{で}\quad f(x) \to A $$ と書き、関数$f(x)$は$x \to a$で極限値$A$に収束するという。
テトラ「はい……これは先輩に何回か教えていただきました。文字がいっぱい出てくるので、毎回あせってしまうんですが」
僕「うん、でもわかっているよね。正の数$\EPSLN$が与えられて、$\ABS{f(x) - A} < \EPSLN$ を満たすほど、$f(x)$は$A$という値に近付けるかな……と挑戦を受ける」
テトラ「は、はい。大丈夫です。その$\ABS{f(x) - A} < \EPSLN$という式は、《$f(x)$は$A$から$\EPSLN$以上は離れない》と読めばいいんですよね?」
僕「そうだね。そしてこの関数の極限に出てくる《条件》がとても重要」
テトラ「はい……実数$x$が$a$の《そば》にいるならば、$f(x)$は$A$の《そば》にいる」
僕「その通り。ただしその《そば》の度合いがちゃんと評価されていることに注意するんだよ」
テトラ「あっ、ここでも《評価》が出てくるんですねっ!」
僕「そうだね。実数$x$は$a$の《そば》にいる……このときの《そば》は$\DLT$で制限がかかっている。そのときには絶対に、実数$f(x)$は$A$の《そば》にいる……こちらの《そば》は$\EPSLN$で制限がかかっている。 というのがこの条件だね」
テトラ「いつもそこでひっかかるんですが、この条件を満たすような$\DLT$が存在するというところが大事なんですよね?」
僕「そうそう。どんな正の$\EPSLN$が与えられたとしても、この条件を満たすような$\DLT$が存在するといえるかな? ということ。どんな正の$\EPSLN$に対してもそのような$\DLT$が存在するならば、$x \to a$のとき$f(x) \to A$だといえるし、 そんな$\DLT$が存在するとは限らないならば、$x \to a$のとき$f(x) \to A$だとはいえない。 《関数の極限》は、そういう定義になっているね。何がひっかかるの?」
テトラ「いえ、$a$と$A$と$\DLT$と$\EPSLN$が出てきて、$\EPSLN$が先に与えられて$\DLT$が存在するかどうかを調べるんですが、 条件のほうでは$\DLT$の方が先に出てくるので、そこで頭がごちゃごちゃと……」
僕「ああ、なるほどね。$y = f(x)$のグラフを描くともっとすっきりするよ。$a$と$\DLT$は《$x$の側》で、$A$と$\EPSLN$は《$y$の側》ってことだね。 二つの軸でそれぞれに大きさ比べをしているんだ」
テトラ「ははあ……そういえば、以前もこの図を描いていただいた記憶があります(『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』)」
僕「そうそう。このグラフでいうと、$0 < \ABS{x - a} < \DLT$を満たす$x$に対して、$f(x)$がすっぽりと$\ABS{f(x) - A} < \EPSLN$の範囲に入っているかどうかということだね。 $\EPSLN$は正ならばいくら小さくてもいい。 $\EPSLN$をどれだけ$0$に近付けようとも、その$\EPSLN$に対して十分小さい$\DLT$を選べば必ずすっぽり入る。 それが関数の極限」
テトラ「はあ……」
僕「難しい?」
テトラ「い、いえ。難しいといいますか、易しいといいますか……あのですね。あたしの頭の中をお話しします」
僕「頭の中?」
テトラ「関数の極限というのはイメージとしてはよくわかります。$x$が$a$に限りなく近づくと、$f(x)$は$A$に限りなく近づく」
僕「うん」
テトラ「でも、それだと数学的な議論としてはあいまいなので、$\EPSLN\DLT$論法がある……ですよね?」
僕「そうだね」
テトラ「先ほどの《関数の極限》では$\EPSLN$と$\DLT$が出てきて大小関係をあれこれ調べます。でも、それで《ああ、なるほど》と納得するときには、あたしの頭の中では、 結局その大小関係を《限りなく近づく》というイメージで納得しているように思うんです」
僕「というと?」
テトラ「数式で納得するのではなく、結局イメージで納得しているといいますか……あたし、説明へたですね」
僕「いやいや、すごく微妙な話をしているんだと思うけど」
テトラ「何といいますか……結局のところ、あたしの理解は深まっていないんです。関数の極限を数式で表しても、あたしの頭の中には《限りなく近づく》という一言しか残ってないといいますか」
僕「わかった。じゃあね、《例示は理解の試金石》でいこう。《関数の極限》の定義を使って簡単な関数の極限値を求めてみようよ」
テトラ「と、いいますと?」
僕「ちょっとした思いつきなんだけど、僕たちがふだん《あたりまえ》で済ませることが、 $\EPSLN\DLT$論法できちんと証明できることを確認してみるのはどう?」
テトラ「なるほどです……でも、どんな問題でしょうか」
僕「うん、例だからすごく簡単なものにしよう。たとえば……」
$x \to 2$で、$x^2 \to 4$になることを$\EPSLN\DLT$論法で証明せよ。
テトラ「え……これは、あたりまえじゃないでしょうか。だって$x = 2$のとき、$x^2 = 4$ですから」
僕「そうだね。ここでは$f(x) = x^2$として考えていて、このとき関数$f(x)$は連続だから、代入するだけで極限値が求められる。それはそうなんだけど、$\EPSLN\DLT$論法で定義された関数の極限を使って本当に$x \to 2$のとき$x^2 \to 4$になることが証明できるかな?…… という問題」
テトラ「ははあ……」
僕「僕もこれは考えたことないから、それぞれ考えてみようよ」
テトラ「あっ、ちょっ、ちょっとお待ちください。その前に確認だけさせてください。証明すべきことはこうですよね?」
どんな正の数$\EPSLN$に対しても、次の条件を満たす正の数$\DLT$が存在することを証明してください。
条件:$0 < \ABS{x - 2} < \DLT$であるすべての実数$x$について$\ABS{x^2 - 4} < \EPSLN$
僕「その通り! テトラちゃんはちゃんとわかっているね」
テトラ「これは、《定義にかえれ》をやっただけですから……でも、これ、証明できるんでしょうか」
僕「じゃあ、ここからそれぞれ考えよう」
テトラ「はい……」
この連載について
数学ガールの秘密ノート
数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)