松岡正剛は「きみたち2人にモーラの神が降りた」と言った。《後編》

松岡正剛さんが『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(通称:もしそば)を評価していると聞いて、編集工学研究所にやってきたもしそばの著者2人。前編では文体模写を軸に、松岡さんの編集哲学が炸裂するのだった……! 後編で飛び出した知の巨人の提案に、2人が取った行動とは……。

真似ることで現れる別様の可能性

神田圭一(以下、神田) 文体模写もそうですが、真似るということとの意味についてもう少し伺いたいです。松岡さんの『擬―「世」あるいは別様の可能性』(春秋社)とも重なるテーマだと思いますが。

松岡正剛(以下、松岡) ともかく真似は極めて重要ですよ。真似だけではなくて、ぼくが重視してるのは、アナロギア(類推)とミメーシス(模倣)とパロディア(諧謔)です。これは古典ギリシャの時代にすでに確立していた修辞学なんですが、君たちはこれを3つともやってるから感心したんです。

神田 おお。完全に無意識でしたが、そうだったんですね!

松岡 それはここまで数をやったからたどりついたんです。数をやるのが大事で、そのことをぼくは、すべてを網羅する「モーラの神が降りた」て言ってるんだけど(笑)、2人にもその神が降りたんだよ。

菊池良(以下、菊池) モーラの神ですか。

松岡 それと、真似ていって「擬(モドキ)」を突き詰めると、そこに潜んでいた別様の可能性、コンティンジェンシー(偶有性)が浮かび上がってきます。それがわからないから、みんなオリジナルにこだわるんですよ。それで失敗して、大したことないことばっかりしてる。

神田 『擬』にも書かれてましたけど、グレーといいますか、「ほんととつもりは区別がつかない」というのは、感覚としてすごいわかると思いました。

松岡 たとえばジャコメッティなんかは、モデルを前にしてスケッチや彫刻をつくるのをやめて、頭の中に残っている “面影”を彫り始めたら、非常に独特なものになったんです。

菊池 あの細長い人の形ですね。

松岡 だから、最初に真似てないと駄目だけども、その真似方によって「“ほんと”と“つもり”」を両方掴んでいくという、独特のメソッドがあるわけです。

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知の巨人・松岡正剛さんが「もしそば」を気に入ってくれているらしいんだが…

松岡正剛 /菊池良 /神田桂一

『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(通称:もしそば)のことを、知の巨人・松岡正剛さんが気に入ってくれているらしい……。そんな噂を耳にした著者の神田・菊池2名は、大胆にも対談を申し込んだ! するとなんとOKの返事が。予想...もっと読む

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コメント

saho0623 https://t.co/QoF8nvcxnC 1年以上前 replyretweetfavorite

t_seki 3つの広い意味で真似という方法「ともかく真似は極めて重要…真似だけではなくて、ぼくが重視してるのは、アナロギア(類推)とミメーシス(模倣)とパロディア(諧謔)です。これは古典ギリシャの時代にすでに... #NewsPicks https://t.co/BzGHcINrdL 1年以上前 replyretweetfavorite

iwayadai 真似ていって「擬(もどき)」を突き詰めると、コンティンジェンシー(偶有性)が浮かび上がってくる。それが分からないから、みんなオリジナルにこだわる。それで失敗して、大したことないばっかりしてる。 耳が痛い。 https://t.co/HYBWntCGRe 1年以上前 replyretweetfavorite

kossetsu 松岡正剛さんとの鼎談、後編です! 1年以上前 replyretweetfavorite