誰も個性なんて求めていなかった? 印象派にたどりつくまでの西洋美術

大人の教養として知っておきたい西洋美術と日本美術の全体像について、アートコンシェルジュの山内宏泰さんに教えていただくこの連載。第2回目は、西洋美術のピークともいえる「印象派」にたどりつくまでの歴史についてです。

印象派まわりの作家と作品を押さえれば、
「西洋美術? だいたい知ってるけどね」
と言い切っていい。前回、そうお話しました。

というのは印象派こそ、長い西洋美術の歴史におけるピークだからです。
あ、ここでいう西洋美術とは、アートと聞いてわたしたちがごくふつうにイメージする作品が生まれた時代に限ります。そうしないと、人類の文化史すべてをたどる羽目に陥ってしまいますので。

なにしろ創造する行為とは、ヒトが意識を持ちはじめたころからずっと続いているもの。歴史や美術の教科書で、ラスコーなどの洞窟壁画を見た覚えもあることでしょう。太古に描かれたあれも、見事な美術ですよね。むしろ洞窟壁画を超えるものなんて、その後生まれてないんじゃないかとすら感じますが、そこまで視野に入れては収拾がつきません。
ジャンルについても、西洋美術の王道たる絵画に絞ります。彫刻も建築も被服も生活用具の装飾も、アートといえばアートと言えます。どこまでがアートかを考えるのもたいへんおもしろい問題ですが、それはまた別のお話にて。


14世紀以前とそれ以降のアートの明確な変化

では、現在に連なる西洋美術の歴史とは、どこから始まるか。この連載では14世紀初頭、1300年あたりを始まりとします。日本でいうと、鎌倉時代の末期のあたりですね。そこから、ルネサンス〜近代〜現代までの歴史をみていきましょう。

その前に、14世紀より前のアートについて簡単に説明しておきます。
14世紀より前と以降のアートでは、明確な変化がひとつあります。それは、
作者がいるかどうか。

いえ、作品は必ずだれかの手でつくられるので、作者が常にいることはいる。ですが、中世までは作者の名前がほとんど残っていない。創造の手柄が、個人に帰せられてはいなかったのです。

西洋の中世とは、人が神とともにあった時代。営みのすべてにキリスト教の教えが浸透していました。創造とは神のみが成し得るのであって、人間が、ましてや個人が新しいものを生み出すなんて思いもよらなかった。
中世においては絵画といえば基本的に宗教画ですし、「型」を踏襲することが最優先。たとえばイエス・キリストを表すならば必ず頭上に光輪を入れ、服装や立ち位置はあらかじめ決まっている。聖母子像ならポーズはこう、などと慣習的にルールが定められていました。個性やオリジナリティなんて、だれも求めていませんでした。


それまでの慣習を打ち破った新しい試み

1300年前後になって、そんな慣習を打ち破る者が現れました。 イタリアの画家、ジョットです。 宗教画を手がけていた点では従来通りですが、彼はひとつ新しい試みをしました。

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大人の教養としてのアート入門

山内宏泰

ルノワール、ゴッホ、ピカソ、葛飾北斎……名前を聞いたり作品を観たことはあるけれど、「印象派」の意味やピカソが偉大な理由を説明できる人は少ないのではないでしょうか。大人の教養として知っておきたい西洋美術と日本美術の全体像について、アート...もっと読む

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