「あと一時間か……」
つい今しがた他所のロボットが醜態をさらしたあのステージで、平田製作所がデモンストレーションを行う。パンフレットにも載っているとおり、二号機と人間との会話を実演する予定だった。
しかし彼女は今、しゃべることができなかった。
いや、できないというのは正確ではない。正しくは、「このまましゃべると恥をかく」ので、「一時的に黙らせている」のだ。
原因は言語エンジンの新機能による。それは、人工知能をネットに接続し、ネット上に溢れるありとあらゆるテキストデータを解析して直接ボキャブラリーに取り込む、というものだった。
開発に二年をかけ、何人もの戦死者を出しながらのデスマーチで、一ヶ月前にやっと実装が完了した。
その結果、二号機は巨大掲示板や動画サイト、つぶやきなどからネットスラング及び放送禁止用語を拾いまくった。拾うだけならともかく、会話で使いまくった。
いくつかの有害サイトへのアクセスを制限したり、発語アルゴリズムの変更を試みたりしたが、上手くいかなかった、その間にも二号機は続々とふさわしくない言葉を覚え、周囲の大人を辟易させた。
ただでさえ日常会話で使用することが憚られる語彙の数々である。遂にアスキーアートを発音し始めたとき、平田はネットとの接続を絶ち、不適切な語彙の直接削除を命じた。それが一週間前だ。
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