「善き物語」に触れたいあなたへ
『光の帝国―常野物語』恩田陸
(集英社)初出2000
恐怖 VS 郷愁
目を向けると心が荒むことばっかりで、こういう「善き人々」が存在すると信じさせてくれるだけでも価値あるよなって思う小説。#連作短篇集 #短い時間でも一編ずつ読めます #すこし不思議なお話 #直木賞作家 #東北が舞台 #切なくて優しい物語 #一族の話とか好きな人にも #本を読んであたたかい気分に浸りたいときに #ルネ・マグリットが描いた同タイトルの絵があります
―どこへ連れていかれるのかわからない。
大学進学とともに関西へやって来て、初めて地下鉄に乗ったときのことをよく覚えている。車両に揺られながら、妙な恐怖と懐かしさがいっぺんに襲ってきた。
私の地元の公共交通機関といえば「バス」か「路面電車」だった。それらに乗ると窓から外の風景はよく見えるし、駅と駅の間がけっこう近い。つまり私が間違った路線に乗ったとしてもすぐ気づくし、間違えた駅で降りても、歩けばなんとかなった。
だけど都会の電車は違う。そもそも地下鉄というのは窓から景色が見えない。
驚く。
間違った路線に乗っていても気づかないじゃないか。ということは、もしこの電車の車掌さんが入れ替わっていて、違う駅へ連れて行こうとしていても、私は気づくことができない……。
一度友人に「地下鉄ってどこ連れてかれるかわからないっていうか、電車に乗り間違えてもわからないのが怖くない……?」と聞いてみたら、「いやバスの方が圧倒的に路線多いし乗り間違えやすいでしょ」と一蹴されてしまった。
現在京都生活6年目の自分としても、まぁ、当時の友人の意見に賛成である。
それでも。当時の、あの、初めて地下鉄に乗ったときのぬるりとした恐怖は忘れられない。
―怖かった。
だけど同時に、その恐怖にはどこか懐かしさを感じた。私は地下鉄に揺られながら思い出していたのだ。「ああそうだ、小さいときってこんなふうに妙な恐怖がいっぱいあったよな」と。
大人に言ったら笑われそうな、だけど本当はとても怖いもの。「こっから私はどこへ連れて行かれるんだろう」という恐怖。小さい頃に初めて乗ったバスも路面電車も、本当はあのときも、私は怖かったのかもしれない。
あたたかい恐怖を感じる不思議な一冊
前置きが長くなったけれど、恩田陸の『光の帝国』を読むと、私はこの電車に乗ったときの感覚とまったく同じものを感じる。
「私はいったいここからどこへ連れていかれるんだろう」。
そしてその恐怖は、
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