FOK46—フォークオーケン46歳
【第1回】永遠(とわ)も半ばを過ぎて

 『永遠(とわ)も半ばを過ぎて』とは、故中島らもの小説のタイトルである。
 アル中で大麻取締法の逮捕歴もありながらインテリであったらもさんのこと、もしかしたら古典などの文献から引用したおシャレなフレーズであったのかもしれない。
 学も趣味もなくパソコンもやらない僕には今はネタ元(あるなら)を調べようも無い。

 永遠の半分とはどれくらいなのであろうか。

見当もつかない。
 人間の一生の半分なら約40年と誰でもすぐに答えが出せる。
 人生約80年として折り返し地点は40歳である。
 後半分しか残されていないと考えるか、まだ半分も残っていると思うべきか。
 これも見当がつかない。つかないまま、らもさんが酔っぱらって階段からこけてあの世へ行っちまった数年後、2004年2月6日に、僕は人生も半ばを過ぎた。40歳になったのだ。

 「四十にして惑わず」とは言わずもがな孔子の言葉である。
 間違っている。
 孔子ってやつは何もわかっちゃいない。つーか孔子、バカである。
 40歳にしてわかったことは、40代は大いに悩むという厳然たる事実である。
 しかも悩みの種類が中学2年生レベルというか、たとえば40年も生きてきたことによる生活に対しての万能感に対して、実際のところ生活の何もろくに出来ちゃいないと相反するいきどおりであったりとか、この先自分はどう生きていくべきなのだろう、どうなっちゃうんだろうという不安であったりとか、そもそも自分の人生はこれで正しかったのだろうかとの問いであったりする。
 それどころか、本当の自分って何だろう? などと、これはもう中2病そのものの病理である。
 教室の片隅でポツンと一人、星新一先生の『ボッコちゃん』を読んでいた頃と同様の、漠然とした焦燥感と、砂がこぼれていくような虚無感に40代がとらわれてしまうのは、人生が永遠でないことと、永遠ではないそれがもう半ばを過ぎてしまったことが理由なのだろう。

 リア充の時期であったとしても中年期中2病はやってくる。
 40歳になった年、9年間活動を停止していた僕のバンド、筋肉少女帯、略して筋少が再結成した。
 中野サンプラザで行なわれた復活ライブはチケット即完売。ライブ自体も感動的なもので、筋少は勢いに乗り、2年後には日本武道館でコンサートを行なうこととなった。
 かつてのメンバーも集合しての盛大な内容であった。
 役者の道を志すためにデビュー直前に当時22歳で筋少を脱退したみのすけ氏や、一人だけ再結成に参加しなかったドラマーの太田明氏も駆けつけてくれた。

 総勢9人となったステージ上は、気がつけば全員が40代であった。
 オーバー40のロックミュージシャンたちが揃いも揃って、高校生の時に作った楽曲を演奏した。
 二時間半に及ぶステージの途中で僕は貧血ぎみとなり「誰か甘いものを、チョコレートを持ってきてくれえ」と懇願した。
 ところがチョコの一つも用意がなく、40歳は晴れの舞台にばたりと倒れ、ダダッコのように「何十年もがんばってきてチョコの一こももらえねーのかよ!!」と叫ぶに至った。
 もちろん場内爆笑のバカ場面であったが、客席で観ていた当時齢76の老いたる我が母はこれをガチと解釈。隣席のまったく知らない若者に、「アナタこれ賢二にあげて来て」と言って巾着から取り出したはちみつキンカン飴をちり紙に包んで手渡したそうである。泣けてくる話ではある。

 40歳武道館ダダッコ状態を中年期中2病と言っているのではない。不安や焦燥、虚無感のことだ。
 武道館のコンサートが終った直後、僕は一人ポツンと楽屋にいた。
 一人だったのは、再結成以降、楽屋が禁煙と喫煙に分けられることとなり、煙草を吸わないのが僕一人きりであったからだ。

 「大槻君、おつかれのとこ、ちょっといいかな」
 ふり向くとトイズファクトリーレコードのディレクターが立っていた。
 「どうぞ、何?」
 「うん、いや、こんな時にアレなんだけど」
 ちょっと、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
 「アレって、何ですか」
 「うん、大槻君、うらべさんって方を知ってる?」

 僕の脳内検索エンジンがその名にひっかかるまで数秒の間が生じた。
 久しぶりに聞く名だった。
 「ウラッコだ。あ、ウラッコってのはアダ名ね。え? え? 来てくれてるの?」
 通してよ、すぐに。と答えた僕の顔が懐かしさにうれしそうになっていたのだろう。ディレクターはさらに申し訳無さそうな表情をした。やさしい人である。謝った。
 「いや、あの、ゴメンね。亡くなったそうなんだ。そのうらべさん。昨日らしい。今日の昼にうちに連絡があって、伝えてくれと。こんな時にごめんね。これ、連絡先」
 ウラッコのお兄様の携帯番号らしき数字の書かれたメモを渡して、申し訳無さそうな表情のままディレクターは去っていった。

 残された僕はまた一人、楽屋でポツンとメモを持ったまましばし保気た。
 まだ筋肉少女帯と背中に刺繍の大きく入った衣装のままであった。
 ロックミュージシャン40歳は、しかし自分の今の姿が、中学2年生の頃の、『ボッコちゃん』の文庫本を一人ポツンと読んでいた教室の片隅のそれに、意識の中でゆっくり重なっていくかの不思議な感覚にとらわれてため息も出なかった。

 日本武道館ワンマンライブの翌日に、僕は僕に初めてロックを教えてくれた小学校の同級生の通夜に出かけた。
 そこで、一人のミュージシャンと再会する。
 彼もまた数年後に天に召されるなどとは、その時には夢にも思っていなかった。

(続く)

Photo: 大串義史



大槻ケンヂ、四十にして惑う! そして始めたのは……ギターの弾き語り!?
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ケイクス

この連載について

小説 FOK46—フォークオーケン46歳

大槻ケンヂ

30年以上音楽活動を続けてきた、ロックミュージシャンの大槻ケンヂ。楽器演奏と歌を歌うのを同時にできないという理由で、ボーカルに徹してきた彼が、2012年、ギターの弾き語りでのソロツアーを始めた。その名も『FOK46(フォークオーケン4...もっと読む

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