衆人環視の中で遂行された前代未聞の狙撃殺人事件

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」
女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強のマーケティング技巧」を持つ西城に弟子入りすることで解決しようとする七海。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第12回。

現実味が、まるでなかった。

何が起きたのか、七海の脳は正確に答えを出すことを怠けた。もしかして、起きたことが現実だと認めてしまうと、感情が閾値を超えてしまうことを知って、脳が防衛本能で、真実について七海に考えさせないようにしたのかもしれない。

ただ、右の手のひらがジンジンと熱を持つように熱かった。

八つ当たりだということは、わかっていた。 現場の写真をスマホで撮っていた、あの相川響妃の連れの男を、勢いのままで平手打ちした のだ。

いきなり平手打ちを受けて、すがるような目で七海を見ていた男の目から、つうと涙が伝い落ちたときに、七海は冷静になった。

何も、彼が悪いわけではない。相川響妃と一緒だったことを思えば彼も、きっと仕事をしていただけだとわかる。すべて、自分のせいだった。

「ちょっと、五分だけ一人にしてほしい」

桐生七海は、警備主任に言って豊島公会堂の舞台下にある楽屋に入った。五分で何も状況が変わることはないことはわかっていたが、少しでもいい、現実から逃れたかった。現実を認識するための間が、今の七海には必要だった。

楽屋は手前にソファーの部屋があって、奥は畳敷きの大きな広間となっていた。壁面に鏡台が並び、カーテンでそれぞれの区画を仕切れるようになっていた。

七海は、広い座敷の端に腰を下ろし、小さくため息を吐いた。 ステージの上では、到着した警視庁の機捜班が「立入禁止」の黄色いテープを張って、実況見分を始めていた。

警備の責任者として、警察は七海に事情聴取をしたいと言ってきているが、七海が話したところで、警察は犯人にたどり着けないだろう。

事件の目撃者は、観客、演奏者、スタッフを合わせるとおよそ八〇〇人という数になる。そのすべてが、一時的に目撃者であり、容疑者だった。

衆人環視の中で遂行された前代未聞の狙撃殺人事件だ。心臓を綺麗に撃ち抜かれ、山村詩織はほとんど即死だった。その警備を担ったのが、今をときめくとメディアに賞賛されている「レイニー・アンブレラ」、七海が創った会社だった

「どうしよう……」

そうつぶやくと、未だ紫色のドレスを着たままの七海は、自らの膝を抱くよう、崩れ落ちるように泣き始めた。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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