美人チェリストの「噂」

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」
女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強のマーケティング技巧」を持つ西城に弟子入りすることで解決しようとする七海。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第11回。

—風の前の塵のごとく。

ふと、西城の言葉を思い出した。

「たしかに、『ブランド』は営業や広告、PRを不要とする。マーケティングにとってこれを手にした者が圧倒的な勝者となる」

でもね、と西城は続ける。何かを差し出すかのように上に向けた右の手のひらを七海の顔の前に差し出し、ふっと息を吹きかけて言った。

「風の前の塵のごとくだよ、『ブランド』とはね」

本当に一瞬のことだった。 あの一瞬の油断が、七海が築いてきたブランドを、まさに風の前の塵のごとく、彼方へと吹き飛ばそうとしていた。

突如、ステージ上に青が獰猛な風のように降り立った。 広がる紅の血だまりに、チェロとともに一人横たわる山村詩織に、その青は覆いかぶさるようにとりつき、胸に手を押し当て、心臓マッサージを始めた。

藤野楓だった。

けれども、胸を押せば押すほどに、血だまりは広がる一方だった。

心臓を、撃ち抜かれていた。

そのことに気づくと、藤野は山村詩織の胸に手を押し当てたままに、まるで咆哮するかのように、背中を震わせながら泣き始めた。それでもなお美しき白い背中は、世の絶望を一身に担うかのように、自らの悲しみに身を震 わせていた。

「噂があるのよ」

相川響妃は豊島公会堂のエントランスで秋山明良に言った。

二人は、未だ客席には入れてもらえずに、閉め出されたままだった。無理に入ろうとしていないことをわかっているために、警備員も、遠巻きに二人に注意を向けているだけだった。

「ふーん」

秋山は聞く気がない。響妃が言う噂が本当だったためしがあまりなかったからだ。職業柄、響妃の元には様々な情報が舞い込む。もちろん、価値の高い情報も多いが、そのほとんどは都市伝説レベルのものだった。

「ちょっと、聞いてよ!」

響妃は秋山の二の腕をグーでパンチする。

「痛いって、それ!」

秋山がようやく響妃のほうを向いた肘をついて、あのね、と響妃は声を潜めるようにして言う。

「山村詩織についてなんだけど」

声を潜める必要がありそうだった。秋山も顔を寄せる。響妃はさらに顔を寄せてくる。アップで見ると、やはり、圧倒的にかわいい。かわいいんだけど、と秋山はいつも思う。

「山村詩織の噂?」

うん、と響妃は頷く。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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