自分の「間違い」を認めることが苦手なあなたへ
『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー
(中村妙子訳・早川書房)初出1944
正しい幸せ VS 正しくない人生
アガサ・クリスティーの「ミステリじゃない」小説。正しさは人を傷つけ得る、ということを描いた名作。読むと背筋の凍ることうけおい。#アガサ・クリスティーの「ミステリじゃない」小説 #女性の方が共感するかも #家族を持つイギリスの中年女性が主人公 #砂漠が舞台 #サイコサスペンスかつホームドラマ #人生を振り返りたいときに読みたい一冊 #家族の葛藤の話が好きな人におすすめ
読むと鈍い痛みを伴う小説、というのがこの世にはあります。
読むと痛い気がするんだけど、痛いことを認めたくない、というか。
アガサ・クリスティーというと「ミステリの女王」として世界一のミステリ作家ですが、これから紹介する小説はミステリではありません。
人は死なない探偵もいない、事件だって起こらない。いや、すこしの謎は存在していますが、すっきりするような謎解きのシーンはありません。
なにしろこの小説を刊行するときクリスティーは、「メアリ・ウェストマコット」という別のペンネームを採用しているのです(ちなみに彼女がメアリ・ウェストマコット名義で出版した本は六冊。どれも家族の愛憎や女の業をテーマにした物語で、私はクリスティー名義のミステリよりもこのウェストマコット名義の小説たちの方が好きだったりします)。
もうその頃にはミステリの女王の名をほしいままにしていた彼女が、別のペンネームを使ってでも書きたかった物語は何なのでしょう?
……実際、この小説を読むと「ああ、クリスティーはこの物語を書かずにはいられなかったんだ」と思って泣けてきてしまうのですが。
自分にとって、誰かにとっての正しさとは何か?に気づかされる一冊
物語の主人公は、よき妻よき母として毎日を暮らしている主婦ジョーン。
彼女は旅先のバグダッドからロンドンへ帰る途中、汽車が遅れて砂漠の真ん中で足止めされてしまいます。ひとりになったジョーンは、様々なことを回想します。