メゾン刻の湯

同居人の女装癖を知ってしまったのですが、本人に言うべきでしょうか

同居人のゴスピと、昨日見かけた浴衣姿の女性。"彼"と"彼女"は本当に同一人物なのだろうか?その答えは、Facebookの顔認証によって世に晒されてしまう――。社会からハミ出たくせものたちの集まる銭湯シェアハウスが舞台の傑作青春小説、第28話です!

 翌朝起きたあとも、僕は昨日見たものが目の前をちらついて離れなかった。

 本当にあれはゴスピだったのだろうか。そうではない、と言われればそうではないような気もするし、しかし、もしそうだと考えれば、今まで四散していた様々な疑問が目の前の一点に集まり、昨日の彼”女”の姿として像を結んだ気がした。

 instagramを開くと、空に散る花火をバックに、袖で顔を半分隠してうつむく顔の@Milly252の浴衣姿の写真が上がっていた。明らかに誰かに撮られたものであるそれは、人に「見られる」ことを意識しているのがはっきりと伝わってきた。外で撮られた自分の写真を彼女がアップするのはこれが初めてのはずで、ファンからの好感を示すたくさんのマークがついていた。僕は、これまで投稿された画像を何度も、何度も、何度も見た。見れば見るほど、濃い化粧やフィルタによって幾重にもぼかされた、分厚い加工の下の素顔はゴスピのもののように思えた。しかし、この画像が、同じ家の中、同じWifiの回線から世界に向けて送り出されたものだとは到底信じ難かった。

 ゴスピは昼過ぎにリビングに現れた。起き抜けの眠そうな顔で、彼は冷蔵庫から自分の牛乳を取り出し、コップに注がずパックの縁からそのまま飲んでいる。

 僕はスマホを眺めるふりをしながら彼の姿を盗み見、頭の中で昨日の残像を、彼の顔に重ねてみる。現実の世界はスマホの中の画像みたいに、都合良くスワイプして見比べることができない。昨日遠くから見た、金髪のボブにピンクの唇、闇夜に浮かび上がる華やかな浴衣姿。それと、肌荒れもあれば、寝癖の一本一本までもが見える、今、目の前にいる現実の肉体としての彼。

 2つの輪郭が互いに重なり合い、やはりあれは彼だった、と確信する。

 ゴスピは不意に振り返り 「花火、楽しかった?」と言った。

「おう。楽しかったよ。スマホ落としちゃって大変だったけど」

「ふーん。見つかったの?」

「うん。なんとかね」

 そっか、と彼は興味のなさそうに呟くと、口元をほんの少しだけー本当にほんの少しだけ持ち上げて「なら、良かったよ」と言い、リビングを去っていった。



 秘密が明かされる時、というのは、小説に描かれるほどドラマチックじゃない。ご大層な裏仕掛けも、美しい悪意もなく、偶然、誰かのうっかりによってあっけなく暴かれる。ただしそれが広まる過程は、人間というものが嫌になるくらいにえげつなくセンセーショナルだ。

 それがたとえバーチャルな世界で起きた事だろうが、無感情、かつ無粋な人工知能が暴いたのであろうが、そのいやらしさは変わらない。

 ゴスピのSNSのタイムラインに一枚の写真が誰かの手によって投稿されたのは、その二日後の夕刻、僕がリビングに一人で居る時のことだった。

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小野 美由紀
ポプラ社
2018-02-09

この連載について

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