宇宙飛行士は完璧か?

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


マーガレット・ハミルトンはすぐに頭角を現し、数年のうちにアポロのフライト・ソフトウェア全てを統括する立場になった。仕事は多忙を極めた。彼女は夜や休日も関係なく働き、娘のローレンはすっかり職場の顔馴染みになった。

ある日、退屈したローレンはアポロのシミュレーターで遊んでいた。そして偶然、「PO1」という打ち上げ準備のプログラムを作動させてしまい、シミュレーターがクラッシュした。

それを見たハミルトンはふと思った。万が一、実際の飛行中に宇宙飛行士が同じ間違いをしたらどうする? 宇宙飛行士だって人間だ。ならば間違いを犯しうるのではないか?

そして彼女にアイデアが閃いた。当時の常識では、コンピューターは人間に指示された仕事を忠実にこなすだけの機械だった。機械が人間に意見することなど考えられなかった。だが、その常識を逸脱すれば人間の間違いを未然に防ぐことができる。つまり、人間がプログラムの実行を指示した時、それが致命的な結果に至らないかをコンピューターがチェックする。もし危険があると判断した場合は人間の指示を拒否したり、アラームを出したりする。

当時のプログラムはキーボードではなくパンチカードで入力する必要があるため、開発には余計に時間がかかった。大きなプログラムは何千、何万枚ものパンチカードになった。そしてどんなに忙しくても、子育てに休みはなかった。

しかし、苦労の末に完成したエラー回避ソフトウェアはNASAに却下された。「宇宙飛行士は完璧に訓練されているから決して間違えない」というのが理由だった。中でも誰よりも激しく反対したのは、宇宙飛行士自身だった。たとえばアメリカ初の宇宙飛行士でアポロ14号の船長となるアラン・シェパードは冷淡に言った。

「この安全ソフトを全部消せ。もし俺らが自殺したくなったら、させろ。」

一体何がハミルトンを前に進ませ続けたのだろう? 女性は家で家事をするのが常識だった時代に子育てをしながら働き、夜を徹して作ったプログラムを却下され、宇宙飛行士に罵言まで浴びせられてもなお、なぜ彼女は常識に抗おうとしたのだろうか?

この時は結局ハミルトンが折れ、代わりに宇宙飛行士向けのマニュアルにこう書き込んだ。

「飛行中にPO1を実行しないこと。」

ハミルトンが正しかったことは、後に証明された。

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宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

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marekingu #スマートニュース 2年以上前 replyretweetfavorite

ikb 21世紀になった今でも「バグフリー」なソフトウェアは作れない。それなのに、彼女らは「手作業」で生命線をキープしてリブート… https://t.co/AKPF4rFc3r 2年以上前 replyretweetfavorite