一九六九年七月二〇日、ヒューストン時間15:06
アポロ11号の月着陸船が司令船から切り離されてから、約三時間が過ぎていた。オルドリンはコンピューターのPROCEEDボタンを押し、「点火」と機械的に言った。月着陸船の降下エンジンが火を吹き、着陸に向けて減速を始めた。足元たった2メートル下で火を吹くエンジンの音は真空の帳に遮られ、アームストロングとオルドリンの耳には全く聞こえなかった。月面を背にして飛ぶ月着陸船の窓からは、漆黒の宇宙に浮かぶ青く美しい地球が見えていた。その時……
ビー、ビー、ビー、ビー……
かん高い警報音がヘルメットの中に鳴り響き、コンピューターのPROGと書かれたランプが黄色く点滅した。
「プログラム・アラーム」
アームストロングが冷静な声で言った。オルドリンはコンピューターのキーを叩き、エラーの原因を問い合わせた。コンピューターは無機質な4桁の数字を返した。
「1202」
オルドリンはヒューストンにその数字を告げた。訓練で経験したことのないエラーだった。
「1202」
オルドリンは繰り返した。ヒューストンからの返事はない。アームストロングが口を開いた。
「1202プログラム・アラームの意味を教えてくれ」
⽉着陸船の内部。Credit: NASA
声に苛立ちが混じった。無数のスイッチが並ぶ計器板の真ん中に“ABORT”と書かれた赤い大きなボタンがあった。これを押せば緊急退避プログラムが作動し、降下ステージが投棄され、上昇ステージのエンジンが船を安全な月軌道に押し上げる。それはつまり、月着陸の失敗を意味した。
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