普通に見えて、普通じゃない
子供の頃、大人の会話に時おり出てくる源氏関係の単語が、謎めいて聞こえたものです。
「ほらあの人、六条御息所だから」
という言い方に「嫉妬深い」という意が込められているとは知らなかったし、
「女三の宮ってところね」
という言い方が、「中年過ぎた男がもらった若い妻」を示すとも知らなかった。「末摘花」などという優雅な響きを持つ言葉にもどうやら毒が隠されているようだったし、それらは大人の世界の隠語。秘密めいた物語にまつわる単語を操ることができる大人が、格好よく思えたものでした。
その手の隠語を聞いていると、どうやら日本人にとって源氏物語とは常識の一部らしいことがわかったものの、しかし源氏物語は、はるかに高くそびえる山でした。書店の棚に源氏の全巻が並ぶ威容を見れば、「この物語を読めと?」と、腰が引ける。いつか自分も、源氏という大人の常識を身につける日が来るのか、はなはだ心もとなかったものです。
教科書を除き、人がどのようにして源氏物語に初めて触れるかは、世代によって、そして読書傾向によって、異なりましょう。私の世代における「マイ・ファースト・源氏」は、大和和紀による漫画「あさきゆめみし」、という人が多いもの。この漫画によって、源氏物語という山は、ぐっと登りやすくなりました。
しかしあいにく私は、女子向けの漫画を読む習慣を持っていませんでした。「あさきゆめみし」の存在すら知らなかったため、源氏初体験はグッと遅れることに。
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