イラスト:堀越ジェシーありさ
今どき自分と同じ音楽の趣味を持った人と、大学で出会えるとは思っていなかったのだ。
「俺も俺も!」
急いでそう言った健人は、その飲み会でこれまで誰とも話せなかった音楽の趣味を彼女に語った。葵の音楽好きも相当なもので、二人はすぐに意気投合した。
高校生の頃から洋楽にハマった葵は、一人でエレキギターを練習していたそうだ。小動物を思わせるような顔立ちをしている彼女は、透き通った大きな目をしていて、それ以外の顔のパーツは小さく体も小柄だ。決して誰もが認める美人というタイプではなかったが、ツボが浅いようで、健人のちょっとした冗談にもすぐ笑ってくれる。高校生の頃に古着屋でバイトをしていたらしく、着ている大きめのシルエットのTシャツがよく似合っていた。
その日の新歓はたくさんの人と話せるようにと、時間がたてば席替えが促される仕組みになっていた。新入生や先輩たちが交じり合い、気がつけば彼女の姿は見えなくなっていた。解散の時にはもういなくなっていたので、どうやら先に帰ってしまったらしい。もっとゆっくり話したかったなと思い、健人はひっそり落胆した。
しかし驚いたことに、次の日、同じ文学部の授業で二人は再会することとなった。偶然にも学部が同じだったらしい。教室でばったり会った二人は、昨日熱くスティーヴ・ジョーンズのギターリフについて語り合っていた時のテンションとは違い、互いに気恥ずかしさを覚えていた。
健人はそれを誤魔化すように、葵に色々と質問を投げかけた。
「学部が一緒ってことは、被ってる授業あるかな?」
そう言って互いの時間割を見せ合うと、同じ授業が幾つかあることがわかった。中でも午前にある語学の授業はどれも同じ教室だ。
「良かったー! テスト前とか協力しようね!」
そう言ってにっこり笑った葵は、昨日とはまるで違う人のような雰囲気があった。屈託のないその笑顔は、「Smells Like Teen Spirit」のギターリフよりも心に刺さった。これまでの人生であまり女性と話す機会のなかった健人にとって、つまり、それは衝撃的な可愛さだった。
「葵ちゃん、軽音サークル入る予定なんだよね? 他のところも見に行った?」
「私、あのサークルしか新歓行ってないんだ。でもみんな楽しそうだったしいいかなーと思ったよ」
どうやらあまりじっくりと考えて決めるタイプではないらしい。そう言う健人も、結局どこに入ってもそんなに大差ないと思っていたところだった。
「健人くんも一緒にあのサークルに入ろうよ」
かくして、さらりと言った葵の言葉により、健人のサークルはめでたく決まったのだった。音楽の趣味が同じ、学部が同じ。それだけでなく、地方からやって来て初めて一人暮らしを始めたという点でも、二人は共通点があった。朝起きることが苦手だということを話すと、逆に葵は朝が得意らしく、今日のように気まぐれで健人を電話で起こしてくれるようになった。
これまで何事にも消極的で執着心のない健人だったが、葵とは、これからもっと仲良くなれますようにと、心の内で強く思った。
*
家から大学までは二駅分の距離があるが、定期代も馬鹿にならないので、健人は自転車で通っている。敷地内には広場のような大きな駐輪場があり、学生は自由に停めることができるので便利なのだ。
一限の授業は英語だ。眠たそうに健人が教室に入ると、葵は既に一番奥の自分の席に座っている。健人が入ってきたことに気がつくと、持っているペンを掲げて、おはよ、と口パクで挨拶をくれた。チャイムと共におばちゃんの先生が入って来て授業が始まる。先生は日本語を話す時は関西弁で、いかにも関西のおばちゃん、という空気を漂わせているのに、英語を話すと発音がとても綺麗でギャップのある人だ。
授業の内容は、高校英語の延長線上みたいなものだった。真面目に受験勉強をしていたタイプの健人にとっては、内容もそれほど難しくない。むしろ一限の時間にこれからも起きれるか、ということの方が健人にとっては問題事項であった。
九十分という長い授業が終わると、葵の誘いで学内の芝生の横にある、ベンチに座って時間を潰すことにした。 <つづく>
【次回は…】
彼女をギタリストに誘い、始めたサークルでのバンド活動。そんな中で自然と彼女と会う時間も増えていった。メンバー4人での時間を楽しみつつ、毎週火曜日の授業のあと、二人きりでいろんな話をできる時間が幸せだった