修羅の都

──何と冷たいお方か。|怜悧な人ー9

「武士の世を創る」

歴史上唯一の武家政権をつくった源頼朝と政子。 生涯の願いを叶えるため手を携えて進むふたり。 平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。 肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた 武家政権・鎌倉府は、しかしやがて時代の波にさらわれ滅びに向かう。

新聞連載時から大きな反響を呼んだ、鎌倉を舞台にした歴史小説。
1章まるごと、全12回で連載します。

 十月二十三日の夕刻、頼朝から呼び出しを受けた政子が常の間に伺候すると、頼朝と共に大江広元も待っていた。

「前司もおいでとは、ただごとではありませんね」

 政子が明るい調子で言ったが、二人は沈痛な面持ちのままだ。

 頼朝がにがにがしげに言う。

「実は、そなたを呼んだのはほかでもない。そなたには内々のことを任せているので、いろいろと雑説も入ってきているのではないかと思うてな」

「雑説、と仰せですか」

 政子には何のことだか分からない。

「実は──」と言いつつ、広元がその皺深い顔をしかめた。

「実は九郎殿のはんしんが明らかになったため、われらは密かに九郎殿を誅すべく、土佐坊昌俊という悪僧を派遣しました。ところが昌俊めが襲撃に失敗したのです」

 広元が事のてんまつを語った。

 九月二十九日、郎党や家人六十人余を引き連れて鎌倉を出発した昌俊は、十月十日に京都に到着するや、義経の隙をうかがった。そして十七日、義経の郎党たちが出払った隙を狙い、義経の住む六条むろまち亭を襲った。だが、逆襲に遭い、さらに行家が兵を率いて駆け付けてきたので、昌俊は捕まり、郎党や家人と共に殺されたという。

「何という──」

「賢いそなたのことだ。もう気づいておるだろう」

 頼朝が言わんとすることを、すでに政子は分かっていた。

「鎌倉からかくが送られたことを、九郎殿は事前に知っていたのですね。それで、わざと隙を見せて襲わせ、近くに潜伏していた十郎殿らを駆け付けさせたと──」

「さすがだな」と言って、頼朝が満足げな笑みを浮かべる。

「それだけならまだしも──」と、広元が苦々しい顔で続ける。

「九郎殿は十八日、院に迫って武衛様追討の院宣を賜ったとのこと」

 院宣は容易に出るものではない。義経は襲撃があるのを知っており、事前に根回ししていたのだ。

 政子が問う。

「なぜ昌俊のことが九郎殿に漏れたのですか」

「昌俊は、誰に知られることもなく密かに鎌倉を出ていった。その手の者たちも夜陰に乗じて、何人かに分かれて別々に西に向かった。それでも誰かが、その動きを知っていた」

「つまり」と言いつつ、広元が唇を噛む。

「その誰かとは、鎌倉府のちゆうすうにいる者でしょうな」

「誰かが九郎殿に内通していると仰せですか」

「内通とまでは行かずとも、同情しているとか──」

「畠山殿ですね」

「それも考えたのだが、彼奴は、昌俊が刺客として西に向かったことを知らないはずだ」

 昌俊が出陣した当時、畠山重忠は国元にいた。

「そこでだ」と言いつつきようそくを脇に押しやると、頼朝が言った。

「それとなく家中を探ってほしいのだ」

「わたくしにですか」

「そうだ。そなたはぞうや釜焚きの爺とも親しい。誰かが昌俊のことを聞き出そうとしていたとか、誰かがあきゆうどらしき者と何かを話し込んでいたとか、そうした話が入ってくるだろう」

「分かりました。でも、ご満足いただけるものが聞き出せるかどうかは分かりません」

 広元が腕組みして首をひねる。

「われらも鎌倉から京に向かう使者らしき者を探しておるのですが、それらしい者はおりません」

「もう、そこまで探っていたのですね」

「はい。鎌倉を出るまでは商人やしゆげんに化けることもできますが、九郎殿に迅速に知らせるには、駿河あたりで馬を借りねばなりません。その線を当たっておるのですが、どれも常の使者以外はおりません」

「常の使者──」

「はい。鎌倉におる北条殿と、京都にいるくじよう殿とのやりとりを受け持つ常の使者です」

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

コルク

この連載について

初回を読む
修羅の都

伊東潤

「武士の世を創る」 歴史上唯一の武家政権をつくった源頼朝と政子。 生涯の願いを叶えるため手を携えて進むふたり。 平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。 肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた 武家政権...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません