修羅の都

どのような手を使っても、必ず討ち取るのだぞ」 怜悧な人ー8

「武士の世を創る」

歴史上唯一の武家政権をつくった源頼朝と政子。生涯の願いを叶えるため手を携えて進むふたり。 平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。 肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた 武家政権・鎌倉府は、しかしやがて時代の波にさらわれ滅びに向かう。

新聞連載時から大きな反響を呼んだ、鎌倉を舞台にした歴史小説。
1章まるごと、全12回で連載します。

 平家滅亡により戦雲は去ったかに見えたが、京都には義経という新たな火種が健在であり、今後の情勢によっては、鎌倉府を脅かす存在になりかねない。

 そうした中、頼朝とその側近たちにとって、戦時のどさくさにまぎれて行っていた支配体制を平時のものに移行し、固定化してしまうことこそ、次に取り組むべき課題だった。

 七月に平家武士の所領の没収に当たっていた範頼を帰国させた頼朝は、「鎌倉殿御使」の文士二名を大宰府まで送り込み、範頼の仕事を引き継がせた。その時に平家とは全く関係のない農民の訴訟まで裁断させることで、鎌倉府の支配体制を浸透させようとした。

 同時に、鎌倉幕府の財政面を安定させることもきつきんの課題だった。

 すでに三河・駿河・武蔵三カ国の知行国主となっていた頼朝は、平家討滅の功績を声高に叫び、この八月、新たに伊豆・相模・上総・信濃・越後・伊予の六カ国の知行国主の座を朝廷から賜っていた。これで頼朝は九カ国の知行国主となった。だが平家の最盛期には、一族で最大三十七カ国の知行国主を独占しており、それには遠く及ばない。

 この頃、義経と行家は密かに手を組み、与党を増やすべくのある御家人たちに声を掛けていたが、鎌倉府を支持する御家人が多く、与同する者はほとんどいなかった。

 義経は己の武名を過信しており、自らが反旗を翻せば、西国の武士たちがこぞって参集すると思っていた。しかし彼らは、鎌倉府からお墨付きを与えられた所領や権益にしがみついた方が得だと判断したのだ。

 八月、頼朝は行家を謀反人として討てと義経に命じた。これに対して義経の返答はない。そこで九月、梶原かげすえ(景時の息子)を京都に送り、頼朝の命を直々に伝えさせた。

 だが義経は、病気を偽って動こうとしない。鎌倉に戻った景季からこの報告を受けた頼朝は、義経の謀反が明らかになったとして、行家と同じ追討令を発した。


 九月二十八日、池面に漂うもやが視界を閉ざし、しようらいの弦を激しくかき鳴らすような音をたてる中、頼朝は五級の階の上に設えられた御帳台に座った。

 ──鎌倉には雨がよく似合う。

 大蔵御所の庭は幽玄美に満ちていた。

 その庭に控えるそうぎようの男がいる。霧のような雨にさらされ、男の僧衣は湿ってきているが、男はそれを気にする風もない。

「よくぞ、引き受けてくれた」

「はっ」と答えたさのぼうしようしゆんが、六尺余(百八十センチ強)の身を縮めるようにこうべを垂れた。

 昌俊はかつて興福寺のどうしゆだったが、院領と寺領の境目争いがこじれた際、院領を預かる代官邸に夜討ちを掛けた罪で捕縛された。その後、鎌倉に連行され、頼朝に仕えるようになった。昌俊は平家追討戦では範頼に随伴し、この八月に範頼と共に帰国したばかりである。

 本来であれば、命を奪われても文句の言えない立場の昌俊だが、頼朝の特別の計らいにより、その郎従とされたことに強い恩義を感じていた。

「都の地理に精通しているそなたなら、わが望みを必ずや叶えてくれると信じている」

「もったいないお言葉」

「だが、知っての通り、これは容易ならざる仕事だ」

「いかにも」

 昌俊の巨大なそうぼうが光る。

「九郎殿が相手とあれば不足はありません」

「待て。合戦に及ぶのではないぞ」

「ということは、いかに殺せと──」

「よいか」と言って、頼朝の顔が引き締まる。

「わしは朝廷から政道を預かっている身だ。常に宸襟を安んじ奉らねばならぬ。洛中で合戦に及び、そうじようを起こせば、帝や院がどれほど胸を痛められるか──」

 頼朝は、昌俊のような単純な男に対しては建前で押し通す。

「よって、合戦に及ぶことはまかりならん」

「ではいかにして、あれほどの武略に長じた士を討ち取れと仰せか」

「そなたなら、それを考えられると思うのだが」

 昌俊が首をかしげる。

 ──此奴は、少し思慮が足らぬかもしれぬ。

 頼朝は少し不安になってきた。

 そもそも昌俊は短慮からいさかいを起こし、鎌倉に連行されてきたのであり、機転が利く方ではない。

「合戦を行わずに九郎を殺す。それが朝廷にとっても、われらにとっても最もよきことなのだ」

「それはそうですが──」

「例えば、九郎が寝入っている隙を襲うというのはどうだ」

「では、名乗りを上げずに襲えと仰せか」

 昌俊が驚きで目をく。

 ──此奴は名乗りを上げて、九郎と勝負するつもりでいたのか。

 頼朝は内心、呆れ果てた。

「それは物のたとえだ」

 頼朝は昌俊の問いに、まともに答える気が失せ始めていた。

「かの地に行き、種々の状況を確かめてから、方法を考えればよい」

「いかにも」

「どのような手を使っても、必ず討ち取るのだぞ」

 頼朝が常にないほど険しい声音で言う。

「承知つかまつりました」

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修羅の都

伊東 潤
文藝春秋
2018-02-22

コルク

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伊東潤

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