修羅の都

その通りに行くとは思えぬが」 怜悧な人ー7

「武士の世を創る」

歴史上唯一の武家政権をつくった源頼朝と政子。 生涯の願いを叶えるため手を携えて進むふたり。 平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。 肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた 武家政権・鎌倉府は、しかしやがて時代の波にさらわれ滅びに向かう。

新聞連載時から大きな反響を呼んだ、鎌倉を舞台にした歴史小説。
1章まるごと、全12回で連載します。

 鎌倉にも秋の気配が漂い始めた八月初旬、政子の弟の北条義時が西国から帰還した。

 平家討滅戦において、義時は範頼の軍に加わってあしうらの戦いなどで活躍した後、範頼の下役として九州諸国の統治に当たっていたが、文士たちと入れ替わりに帰国してきた。

 義時は敵の首を取るといった武功を挙げられなかったものの、りりようとして着実に仕事をこなし、周囲から一目置かれる存在になっていた。

 この日、その帰還を祝し、義時の鎌倉邸で祝宴が張られた。

 落葉の季節にはまだ早いものの、秋の装いとなりつつある庭園にもうせんが敷かれ、季節の花々や山海の珍味が並べられる。その間を縫い、見目うるわしい女房たちがかいがいしく給仕して回る。

「よくぞ無事で戻った。めでたい。めでたい」

 すでに酩酊状態の時政が喜びをあらわにする。

「それがしは際立った武功を挙げられませんでした。それゆえ喜ぶのは、ほどほどにして下さい」

 義時は二十三歳という若さに似合わず、常に冷静で慎み深い。

「父上、小四郎が申す通りです。何事にも控えめでいることが大切だと、いつも仰せになられていたではありませんか」

 政子がたしなめる。

「そうであったな。われらのように小さな身代しか持たない土豪は、過度に目立つことは控えねばならん」

「武功を挙げなかったのが、逆によかったかもしれませんね」

 父子が高笑いしながら盃に注ぎ合う。

 ──小四郎殿、よくぞここまで成長しました。

 政子には感慨深いものがあった。

 かつて義時は小四郎と呼ばれ、嫡男ではなかった。文武に秀でた兄のむねときがいたからだ。

 しかし宗時が石橋山合戦で討ち死にすることで、江間氏として分家させられていた義時が北条氏の嫡男となった。

「それでも小四郎、手柄話の一つくらいはあるだろう」

「そんなものはありません。われらは兵糧も馬糧もなくなり、身動きが取れなくなっていました」

 元暦元年(一一八四)九月、京都を出発し、山陽道を西に進んだ範頼軍は、不案内な地で兵糧の現地調達もままならなくなり、瓦解の危機を迎えた。それでも翌年正月に長門国まで到達するが、士気は著しく衰えて戦うどころではなくなっていた。御家人たちの管理者であるさむらいどころ別当のよしもりでさえ、いったん兵を引くことを進言する有様で、範頼も撤退の決断を下す寸前までいった。しかし義時が皆を説得し、その場にとどまらせた。

 こうした範頼軍の体たらくを聞いた頼朝は、平家討滅戦に義経を起用せざるを得なくなる。

 範頼軍とは対照的に義経軍は連戦連勝で、出陣からわずか四十日で平家を壇ノ浦に沈めた。

「それでも武衛様は、六郎殿を三河国の国守に任じました」

 平家討滅戦の功により、範頼は三河国(参河国)の国守の座を頼朝から賜り、以後、参州と呼ばれていた。

「われらは武功らしい武功を挙げられませんでしたが、参州様が国守の座に就いたことで、あの時の労苦が報われました」

「それは何よりだが、参州殿と比べ、九郎殿には困ったものよ」

 時政が吐き捨てるように言う。

「仰せの通り」と答えつつ、義時がこうの観測を述べる。

「まず九郎殿は院に接近し、武衛様追討の院宣を賜るでしょう。続いて十郎殿をはじめとした畿内や西国の武士たちの中で、鎌倉府のやり方に不満のある者をきゆうごうします。これにより一大勢力を形成し、鎌倉に攻め上ろうとするでしょう」

「その通りに行くとは思えぬが」

 時政が口を挟む。

「いかにも。九郎殿の武名がいかに輝かしかろうと、武衛様と鎌倉府に大恩がある御家人たちは、なびきますまい。しかも院はもろの剣」

 義時がにやりとする。

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修羅の都

伊東 潤
文藝春秋
2018-02-22

コルク

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修羅の都

伊東潤

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