修羅の都

謀反人に仕立て上げねばならぬ」 怜悧な人ー5

「武士の世を創る」

歴史上唯一の武家政権をつくった源頼朝と政子。 生涯の願いを叶えるため手を携えて進むふたり。 平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。 肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた 武家政権・鎌倉府は、しかしやがて時代の波にさらわれ滅びに向かう。

新聞連載時から大きな反響を呼んだ、鎌倉を舞台にした歴史小説。
1章まるごと、全12回で連載します。

大蔵御所の常の間で義経からの書状を読み終わった頼朝は、それを持参した大江広元に問うた。

「もう読んだか」

「はい。それがしあての書状ですので」

五月十五日に相模国に入り、さか宿で平宗盛らを引き渡した義経は、鎌倉に入ることを許されず、鎌倉の西の木戸にあたるこしごえ宿から大江広元あてに書状をしたためた。

後に「腰越状」と呼ばれることになるその書状には、義経の思いが切々と述べられていた。

すなわち「朝廷の命を奉じて朝敵を滅ぼし、祖先のちじよくを晴らしたにもかかわらず、ざんげんによって自らの功をおとしめられ、兄頼朝の勘気をこうむり、血涙に暮れています」に始まり、苦渋に満ちた自らの前半生を振り返った後、自分が官位を賜ったのは当家の誇りであり、これに勝る名誉はないと自画自賛し、最後に謀反など全く考えておらず、ただただ頼朝の慈悲を仰ぐのみという言葉で締められていた。

「これが本心であれば、心を動かされるな」

「仰せの通り」

「で、どうする」

「困ったものですな」

 広元がにがむしを噛み潰したような顔をする。

「九郎殿は、まず先帝入水と宝剣喪失について詫びを入れ、一切の恩賞を辞退すると言いきり、続いて朝廷からじよにんされた官位官職をいったん返上し、武衛様のぎよに任せると申すべき。さらに付け加えるなら、平家追討戦においての勝手な行動について反省し、鎮西の沙汰についても越権行為を認めるべきでしょう」

「そなたらしい理路整然とした物言いだ」

 広元は感情で物事を判断しない。いかに胸打つ書状であっても、それが的を射ていなければ、読むに値しないと言い切れるほど冷めている。

「では、どうする」

「鎌倉に誘い込み、罪人として公事を行うべきかと」

「罪人として、か」

 確かに、それが筋ではある。しかしそれでは、感情だけで理屈など分からない御家人たちから、「武功を上げた弟をしつで殺した鎌倉殿」という噂が立ちかねない。

「しかしぜん、東国の衆に物事の道理は分からぬ。かの者らは武功だけを重んじ、ほかのことを分かろうともしない」

 広元はいな国の国司だったため、因幡前司と呼ばれている。

「それもそうですな。確かに公事を行い、九郎殿を獄に下せば、九郎殿へ同情が集まります。謀反を起こしたわけではないので、死罪に処すべきほどではなく、仮に死罪に処してしまえば、武衛様の徳が傷つき、御家人たちは『死を賭して戦っても甲斐なきものよ』とささやき合うはず」

「そうなのだ。九郎に同情を集めず、九郎を──」

 一拍置いた後、頼朝が思いきるように言った。

「謀反人に仕立て上げねばならぬ」

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伊東 潤
文藝春秋
2018-02-22

コルク

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伊東潤

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