修羅の都

修羅の都 ー プロローグ

「武士の世を創る」

歴史上唯一の武家政権をつくった源頼朝と政子。 生涯の願いを叶えるため手を携えて進むふたり。 平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。 肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた 武家政権・鎌倉府は、しかしやがて時代の波にさらわれ滅びに向かう。

新聞連載時から大きな反響を呼んだ、鎌倉を舞台にした歴史小説。
1章まるごと、全12回で連載します。

じようきゆう三年(一二二一)五月十九日、鎌倉のおおくらにある仮御所には、御家人たちが続々と集まってきていた。季節は真っ盛りで、黒々とした雲に覆われた空からは、今にも雨が降ってきそうな気配がする。

 ──われらは帝の兵を討てるのか。

ほうじようよしときは、ずっと自問を続けていた。

 あらゆる状況は鎌倉方に不利だった。義時は追討のいんぜんを受けた朝敵であり、担ぐべき皇族はおらず、京都に兵を向ける大義の一つもない。しかも院は、追討の対象を鎌倉府ではなく義時の個人名で出し、有力御家人たちに院宣を送り付けていた。言うまでもなく、鎌倉府を分裂させようとする離間策である。

 立ち上がった義時がきんじゆからかぶとを受け取り、自らその緒を締めると、背後から声が掛かった。

「父上、御家人どもが待ちわびております」

「ああ、分かっている」

 嫡男のやすときである。泰時の優秀さは際立っており、義時は自らの跡を取らせるのに、申し分がないと思っていた。

 ──わしはよき息子を授かった。

よわい五十九になる義時は、そろそろ執権と家督の座を泰時に譲るつもりでいた。しかしそんな折、朝廷方が挙兵した。義時は、この難局を自ら陣頭に立って乗り切るつもりでいた。

 ──わしがえい様から学んだように、そなたはわしから学び、わしを超えていくのだ。

 武衛とはひようえとうみようであり、今は亡き頼朝が少年時代にうひようえごんのすけに就いていたことから、御家人たちが頼朝を呼ぶ時によく使われた。

「 どれほど御家人たちは集まっているか」

「東国の御家人で駆け付けなかった者はおりません。しかし──」

 泰時が口ごもる。

「しかし、何だ」

「皆、父上が朝敵とされたことで、不安げな顔を寄せ合って何事か語り合っております」

「いかにも、わしは朝敵だ」

 義時が自嘲する。

「御家人たちの中には、どちらに付こうか迷っている者も多くいると見受けられます。かような有様では、とても──」

「西国の弱兵にも勝てぬと申すか」

「いや、そういうわけではありませんが──」

「よいか、われらはここまで、この武士の府を守るために修羅の道を歩んできた。いや、われらとは言えぬ。修羅の道を歩んできたのは、今は亡き武衛様と御台所様だ。わしはその手助けをしたにすぎぬ」

 義時がちようろうを歩き出すと、泰時が後に続く。

 今は亡き頼朝の象徴だった大蔵御所が、二年前の承久元年(一二一九)の十二月に焼失してしまい、鎌倉府の仮御所は義時の大蔵邸内にある。

「父上、武衛様と御台所様は、あらゆるものを犠牲にしても武士の府を守ろうとしたのですね」

「ああ、これまでも幾度となく話してきたように、われらが今、ここにあるのはお二人のお陰だ。お二人が武士の府を守り抜いたことで、御家人たちは豊かな暮らしができるようになった」

「しかし父上、あらぬぞうせつ(噂)を聞いたことがあるのですが──」

「いかなる雑説か」

 義時が足を止める。

「いや、たいしたことではありませぬ」

「その雑説が何かは分かっておる。誰かが武衛様を殺したのではないかという話だな」

 泰時が俯く。

「誰かが武衛様を殺したわけではない。強いて言えば──」

 義時は唇を噛むと思い切るように言った。

「天が殺したのだ。誰も手を下してはいない」

「それを聞いて安堵しました」

 ──安堵、か。

 様々な思いが脳裏を駆けめぐる。

「つまらぬことを聞いてしまい、申し訳ありませんでした」

「もうよい。行こう」

 義時と泰時が仮御所の前庭に出ると、御家人たちの視線が一斉に注がれた。だがその多くには、不安の色が差している。

 ──今、皆が求めているのは、わしではない。

 義時には、それが分かっていた。

 義時と泰時が最前列に並ぶと、何かを待つような気配が満ちてきた。それは庭のちゆうくうで、とぐろを巻くように次第に大きくなってくる。

 ──皆、姉上を待っているのだ。

 義時はまさの心中に思いをせた。

 ──姉上、あなたは武士の府を守るために最も大切なものを犠牲にしてきました。

 政子は長女のおおひめ、長男のよりいえ、次女のさんまん、そして次男のさねともという、自らの腹を痛めて産んだ四人の子を、すべて失っていた。病死した三幡を除けば、残る三人の死は、頼朝が武士の府を開かなければ避けられたかもしれないものだ。

 ──それだけの犠牲を払っても、姉上は武士の府を守ろうとしたのですね。

 大姫は頼朝の作った渦に巻き込まれて死んでいった。だが頼朝の死後、その渦をさらに強くし、二人のおのを死に追い込んだのは、ほかならぬ政子だった。

 ──姉上、これが最後の仕事です。もう辛い思いはさせません。ですからなにとぞ、役割を全うして下さい。

 その時、御家人たちの間から突然わき上がった声で、義時はうつしよに連れ戻された。

「お袋様だ!」

あま様がいらしたぞ!」

 皆の視線の先を見ると、尼僧姿の政子が堂々とした足取りで近づいてきていた。

 ──姉上、あなたは立派です。

 義時の胸内から何かが込み上げてきた。

 政子は寝殿の前庭を見下ろすしなきざはしに立つと、おごそかな顔つきで御家人たちを見回した。先ほどまで喧騒が渦巻いていた前庭が、水を打ったように静まり返る。

 ──姉上、武士の世が栄えるも滅びるも、今、この時に懸かっていますぞ。

 心中で政子に語り掛けた義時は、階の下まで進むと戦場さびの利いた声で言った。

「尼御前様、お見送り、ありがとうございます」

とくそう殿、ご出陣、大儀」

 政子の声音は威厳に満ちていた。

「はっ、ははあ」

 得宗と呼ばれた義時が、うやうやしく頭を下げると、居並ぶ御家人たちもそれに倣う。

「尼御前様、出陣する者どもに、お言葉を賜れますか」

 義時から促された政子がうなずく。

かたをのんで次の言葉を待つ御家人たちから視線を外した政子は、空を見上げた。

 ──さあ、姉上、最後の仕事を全うするのです。

「今は亡き武衛様は──」

 政子の口から言葉がほとばしったその瞬間、雲間から日差しが漏れ、鎌倉を照らした。

修羅の都

伊東 潤
文藝春秋
2018-02-22

コルク

この連載について

修羅の都

伊東潤

「武士の世を創る」 歴史上唯一の武家政権をつくった源頼朝と政子。 生涯の願いを叶えるため手を携えて進むふたり。 平家討伐、奥州を制圧、朝廷との駆け引き。 肉親の情を断ち切り、すべてを犠牲にして夫婦が作り上げた 武家政権...もっと読む

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コメント

jun_ito_info 何でもただで出しちゃう。本という形態に金を払ってくれるようにしなければならないのは作家の責任。 https://t.co/cIGKyTrAKG 2年弱前 replyretweetfavorite

kkr_s2_ 伊東潤がcakesで連載する時代か。すごいな。 2年弱前 replyretweetfavorite