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「名古屋じゃない愛知出身です」と自己紹介したあの人と、めっちゃ分かり合える気がした。私は、神奈川出身だ。横浜でも川崎でも横須賀でもない、車に湘南ナンバーもつかない神奈川県央部出身だ。
「出身は?」
「神奈川です」
「へぇー。あ、横浜の」
「そうです。私は横浜じゃないんですけど」
「そうですか」
マジで話がふくらまない。
私の育った神奈川県央部は、いわゆるベッドタウンだ。「本当は東京や横浜に住みたいんだけど」という人が仕方なさそうに住んでおり、方言らしい方言もなく、神奈川名物とされるものはシウマイだの海軍カレーだの洋菓子だのたいてい神奈川の外に由来していて、米軍基地の飛行機がうるさく、空気が汚い。
満員電車に詰め込まれるときに上げた足が下ろせないレベルに混んだめっちゃラッシュの小田急線が、快速急行で新宿に向かう。「快速」とはつまり、神奈川と東京の境界らへんの駅を15駅くらいぶっこぬきスルーすることを意味する。1駅たりともスルーされないJR山手線新宿駅方面に向かう電車で、地元の誇り・いきものがかりの発車メロディが流れる。しかしいきものがかりが神奈川県央部のバンドだという認識は神奈川県央部の外の人には全くないだろうし、「さくらひらひら舞い降りて落ちて揺れる思いのたけを抱きしめた」というサビの部分に神奈川感は一切ない。「やっぱ好きやねん」とか「恋しくて愛おしい大阪」みたいなことは特に言い出さない。
「神奈川じゃん♪」とはなわが歌っても「S・A・G・A・佐賀!!」ほどにはヒットしなかったし、日本全国の大学にはたとえば長崎県人会とか青森県人会とかはあっても神奈川県人会は存在し得ないだろう。愛が薄い。愛が薄いのだ。私が大和市の小学校で育ち座間市の中学校に進み横浜の高校へ脱出した人であることも、私の地元愛の薄さ、「○○出身です!」と胸を張れない感じに拍車をかけた。
私にも、私の地元が欲しかった。
私にも、私の方言が欲しかった。
私にも、私の郷土料理が欲しかった。
私にも、私の地元のお祭りが欲しかった。地元の民謡が欲しかった。地元の仲間が欲しかった。
「地元」が、欲しかった。
そして、私は島マニアになった。
いくつもの島を旅している。大きい島から小さい島まで。多良間島、新島、小豆島、周防大島、奄美大島、紀伊大島、利尻島、礼文島、フランスのコルシカ島、アメリカのカタリナ島、台湾のポンフー島……。
小さい島の「地元」感が大好きなのだ。神奈川県央部ではありえないようなことが起こる。たとえば、こんなふうに。
・お店で島の名物を試食していたら、突然「○×△◻︎※★!!(なんか島の言葉)」と言われ、びっくりして振り向くと地元のおじさんが立っている。おじさんは「たくさん食べなさい」と言い直して去っていく。たくさん食べなさいとは言うが、明らかに店の人ではない。
・島に向かう船が私以外全員知り合い。島に降り立った瞬間、役場の若い人が私を発見し、「どこから来たんですか? いったいこんなところに何しに来たんですか? 何もないですよ」といぶかしげにする。
・人口6人の島がカニの大群に覆われている。
たまらない。この地元感、たまらない。
多くの島には、島の言葉が残っている。たとえば奄美群島の一部の言葉には、母音が「あいうえお」以外に2つあるらしい。また多良間島の博物館には、「イ゜」とか「ム゜」とかの想像もつかないような音を使った単語がテプラで印刷されて貼られている。
わくわくする。「あ」でも「い」でも「う、え、お」でもない母音や、「イ゜」とか「ム゜」みたいな音が自分の口から発せられるところを想像すると、もう、めちゃくちゃわくわくする。そこの島の人どうしでこそわかりあえる秘密の言葉が、自分がそこの島の出身なのだと証明できる合言葉が話せるなんて、魔法みたいだと思う。
私にも「地元」が欲しい。
私にも「方言」が欲しい。
だから、独自の言葉が残りやすく、その言葉を話せばすぐに「地元」に歓迎してもらえる、島という場所が大好きなのだ。
そんな話を、とある島で生まれ育った同世代にしたら、こんなふうに返された。
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