一八九九年、八月。
陽は天頂でぎらぎらと輝き、蒸し暑く、死臭をかぎつけた蝿の群れがブンブンと辺りを飛び回っていた。刺すような日差しの下で、少女は顔をしかめ、手で蝿を追い払った。
次は彼女の番だった。
「さあ次は、そっちのお嬢ちゃん! 触ったらだめだぞ! ほら、銃を持って! こっちを見て! 光るからな! いいね、目をつぶっちゃだめだぞ! さあ、3、2、1!」
写真屋が威勢良くがなり立て、次の瞬間、巨人の目のようなフラッシュ装置が光った。
「イェー!」高いヒールの下駄を履いた少女は、弾の入っていないライフル銃を構え、不敵な面構えでファインダーに収まった。
「いいぞ!」「とっても素敵よ!」上等な服を着た両親が、喝采を送る。母親の服には東海岸の整然としたドレスのエッセンスが含まれていた。
日本は変わりつつあった。
「次は俺だ!」「ふざけるな、順番を飛ばすんじゃねえよ!」「三枚買うからまけてくれ!」
押すな押すなの大盛況である。
撮影希望者は多く、二十人もの男女が後に続いていた。それはまだ途切れないだろう。大通り沿いに立つ遊郭や宿場の二階、三階からも、二日酔いで浮腫んだ顔の旅行客、ローニン、博打打ち、花魁、賞金稼ぎ、アヘン中毒者、忍者、飛脚、虚無僧、ガイジンなどの有象無象が、障子戸を開けてこれを見下ろしていたからだ。また撮影所の周囲では、薬師と思しき長髭に辮髪の中国人二人が、死体を丸ごと買い取りたいと交渉を持ちかけていた。
ここは定期市場の開催でごった返す宿場街、キノクニズ・エンド。その吉田酒場の前で、類い稀なるノッペラボウ三兄妹の死体は逆さ吊りにされて揺れ、物好きな旅行者たちが一枚五セントで(原註:一〇〇セント=一両の価値)記念撮影を行っていた。これは当初、不足していた報酬金の足しにするための試みだったが、予想以上に好評であった。
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