「愛」って何か、ずっと知りたかったあなたへ
『氷点』三浦綾子
(角川書店)初出1965
人間は正しい VS 人間は間違える
「一生、家族を殺した犯人を憎まずに生きられるか」というよくあるテーマ。だけど、これ以上掘り下げた作品をほかに知らない。#日本の現代小説 #骨太 #キリスト教思想が背景 #テーマは「原罪」 #「汝の敵を愛せよ」なんていやいやいや無理無理無理でしょ #石原さとみちゃん主演で映画化 #廃れないベストセラー #考えさせられる話が好きな人へ #読書感想文の題材にもおすすめ
「なんか最近本がつまんないなぁ、って思ってない?」
—誰だ、あなた。
「その人」は、私が中学生の頃に現れた不思議な人だった。中学校の図書室でいきなり話しかけてきたその人を、私は怪訝な目で見つめた。
その人は、こちらのことを見透かしたように微笑んで、「図星でしょ」と笑った。
「今、あなたが好きな作家さんの本はあらかた読んじゃったもんね。推理小説とかSF小説とかラノベとかにも手を出してみるんだけど、いまいちおもしろくないんでしょ」
14歳という年頃が終わって15歳になった冬。
たしかにその人の言うとおりだった。
当時の私は、相変わらず本が好きだったけれど、新しく好きな作家さんが見つからなかった。好きな作家さんの本はほぼ読破していたし、今まで読んだことのないようなジャンルや作家さんを読んでみるも、いまいち気分が乗らなかった。
「現実を忘れさせてくれるわくわくする本に出会う割合が、低いんよね。最近」
高知の片隅の図書室で、私は、その人に愚痴るように言った。
そんな私を見て、その人は「ふうん」と言った。
「本って、わくわくしないとだめ?」
「何言いゆが、当たり前やん」
何を言うのだろう、と私は呆れた。
「本は、このめんどくさくて重たい現実を忘れさせてくれるもんやろ。現実を忘れさせてくれる、精神安定剤になってくれる本じゃないと、おもしろいって思えん」
その人は、はは、精神安定剤って。と笑った。そして私に目線を向ける。
「でも……本って、現実のことをより深く考えさせてくれるものでもあるでしょう?」
現実のことを深く考えさせてくれる。—私は、何それ、と眉をひそめた。
「じゃあさ」
その人は私の目の前に、一冊の本を置いた。
「この本読んでみたら?」
私は、目をぱちくりと見開いた。
—本の表紙には、『氷点』と書かれていた。
正しくないものを、許せるようになるかもしれない一冊
「ひょうてん?」
「そう。三浦綾子のデビュー作。傑作だよ」
その人は微笑んだ。
「この本は、現実を忘れさせてくれるくらいおもしろいよ。きっとあなたの『精神安定剤』になるくらい、おもしろいと思う」
へえ、と私はその本を手に取った。
三浦綾子。聞いたことはあるけれど、読んだことのない作家だ。ぱらぱらとページをめくる。
そんな私を見て、その人は口を開いた。
「だけど—その本を読んだあと、その本を読む前の現実には戻れないからね」
「……読む前の現実には戻れない?」
cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。