知的生産の本質は大きく分けて2つ
石川善樹(以下、石川) ここからは「知的生産の本質」について、出雲翔さんと一緒に解説します。出雲さんはいろいろなデータをビジュアル化することで、新しい視点を提供するという研究をしているんです。
電脳クリエイターの出雲翔さん
出雲翔(以下、出雲) では、まずそもそも「知的生産とは何か」ということですが、大きく2つに分けることができます。「現象」と「理解」です。
—— うお、抽象的だ…。
出雲 ……はい、なるべく頑張って説明していくので、まずはそのようなものだと定義してみましょう。つまり、①何かあたらしいもの、つまり「現象」を生み出すことと、②その裏にはどんな理論があるのか「理解」すること、この2つを行き来することが有史以来の知的生産である、ということです。
—— 過去から現在に至るまで、常にこの「現象」と「理解」を繰り返すことで、私たちは発展してきたのだ、ということですね。
出雲 はい。今と昔で異なっているのは、問題の捉え方です。つまり、どのような方法で「現象」と「理解」を行ってきたのか、ということなのですが、17世紀のデカルト以降はつい最近まで、「還元論」という方法でマクロとミクロの問題を扱ってきました。
石川 マクロの代表は天文学で、ミクロは生物学や化学などの小さなものを追う学問です。
出雲 対象がマクロとミクロだったころは、「還元論」つまり、対象を分解することと、その再構築を繰り返すことで、物事を理解することや、生産することが可能でした。大きく複雑なものをどんどん分解して、単純なものにしていくということです。
—— なるほど、何か具体例をうかがえますか?
出雲 たとえば、工業生産でいうと「自動車」がイメージしやすいと思います。自動車、つまり「ガソリンで走る乗り物」を作るときに、まずはエンジンやタイヤなどの小さな要素に分解していきます。さらにその要素を部品に分解して……と最終的に材料まで分解する。そして、それを逆に組み上げたら複雑な「自動車」というものができる。
—— あー、まず設計図を作って、その後に設計図どおり部品を組み立てるイメージですね。
出雲 そうです。これをインプット、プロセス、アウトプットという過程で考えてみましょう。インプットが材料、プロセスが部品を作ったり組み上げたりする単純労働&知識労働、そして自動車というアウトプットが生産できます。
—— ふむ、すべての生産活動はインプットとプロセスとアウトプットで成り立っていると言えますね。そして前回、最近のビジネスパーソンの仕事は、その「プロセス」における単純労働と知識労働が分けにくいと。
出雲 そうなんです。たとえば、車みたいなものじゃなくて、新規事業の企画書を生産するとしたらどうでしょうか。企画書みたいなものは、マクロとミクロの間にある対象なんです。そうなると、還元論では扱えなくなってきます。企画書は、自動車みたいに部品に分解して、組み立てても作れないですよね。
—— たしかに、内容の要素はありますけど、それをどこかから集めて組み合わせればできる、というものでもないですね。
ビッグデータで知的生産の手法が増えた
出雲 そこで、「還元論」ではなく、今度は「ネットワーク」という視点で考える必要が出てくるんです。企画書にはいろいろな要素が網目のように関係しています。コスト、人的リソース、競合他社、時勢など、非常に複雑な関係で成り立っているわけです。
石川 たとえば、自動車を作ることと新規事業の企画書を作ることの、どちらが複雑でしょうか?
—— うーん、自動車をつくるのって、そうとう複雑ですよね。新規事業の企画書とは、ちょっとちがうタイプの問題なのでは?
出雲 そうなんですよ。量産自動車の先駆けであるT型フォードの部品は、7000点弱だったそうです。現在の自動車だと数万点くらいでしょうか。そうとう複雑ではあるのですが、やはり分解・再構築でいけるんです。
—— つまり、うまく分解することで自動車を作るという「知的生産」から、機械による「単純労働」を切り出すことはできると。
出雲 しかし、現代の知的生産は膨大な情報を複雑なパターンで組み合わせることが求められています。こうした複雑系のなかでは、物事がそもそもどんな構造をしているのか、どんなダイナミクスで動いているのか、ということを考えて情報を価値に変えなければいけません。
石川 医学の世界も、昔は分解・再構築で工業的に考えていたんです。たとえば、活性酸素が血管を傷つける、だったらビタミンで除去すればいい。このように、病気の原因をなくせば快復する、健康になる、と単純に考えていました。でも今度は、活性酸素をなくすと、ガンが増える、といったことが起こります。活性酸素は一部のガンを抑えていたんですね。人間の体も複雑な要因が絡み合っていて、さまざまな構造とダイナミクスがある。機械のようにはできてないんです。
—— なるほど。人体や社会問題は複雑系だから、要素の再構築だけではすべてを解決できないわけですね。大きな構造として捉える必要があると。
出雲 そして21世紀に入り、今度はビッグデータが活用できるようになりました。AIの研究も進歩している。そこで、AI時代の知的生産というものを、新しく捉えられるのではないか、と考えました。先ほど知的生産のキーワードとして挙げた「現象」と「理解」という軸に、「ビッグデータ」と「スモールデータ」、という軸を組み合わせて、マトリクスにしてみました。
左下のスモールデータでなにか新しい現象を世の中に生み出すのは、いわゆるアートです。右下のスモールデータから何かの理解をもたらそうとする行為は、サイエンスですね。これに対して、左上のビッグデータに基づいて現象を見出す行為は、ディープラーニング。
—— なるほど、囲碁の大量の局面データを学習することでいい手を見つける、などはディープラーニングが得意とすることですよね。
出雲 そして、右上は僕らがやっている、コンピュテーショナル・クリエイティビティ(計算創造学)という領域になります。
石川 これは、具体的な例をお見せしたほうがわかりやすいと思うので、出雲さんが取り組んでいる料理のプロジェクトについて説明してもらえますか?
出雲 はい、それでは「新しいレシピを創る」ということについて考えてみようと思います。今までは、新しいレシピを創るとなると、アートかサイエンスのアプローチしかありませんでした。アートというのは、直観とひらめきでレシピを創っていたということです。
石川 天才シェフが「Aという食材とBという食材を一緒に焼いて、こういう味付けしたらおいしいかも」みたいな発想で創っていたわけですね。
出雲 もうひとつはサイエンス、これは分子ガストロノミーと呼ばれる、調理を物理的、科学的に解析して創る領域ですね。2011年に閉店してしまいましたが、スペインにあった「エル・ブリ(El Bulli)」というレストランがこの分野の料理で一世を風靡しました。でも、料理というのは分解して再構築すればうまくできるというものでもない。これもまた、複雑系なんです。だから、サイエンスでレシピを創るのも限界があった。
—— アートもサイエンスも、データが少ない時代のやり方なんですね。
ベクトル計算で新しいレシピを創る
出雲 そこで近年になって、ビッグデータをレシピ創作に活用したらどうなるか? というアプローチが考えられ始めました。データから考えると、僕たちは考えうるレシピの0.0000001%の料理しかまだ試したことがない、ということがわかったんです。
—— へえ、その数字はどこからきたんですか?
石川 この世の中にある食材の種類とその組み合わせから、この数字が算出できるんです。そもそも食材がこれだけ世界的に流通し始めたのが、最近と言えば最近のことなんですよ。それまではみんな、近所で採れたものを食べていました。
—— そういえば僕が子どものころ、ズッキーニはなかった(笑)。
出雲 ですよね(笑)。現代は、そういう食材が世界中でそれぞれにたくさんある時代なんです。
それでは、ディープラーニングに代表される、ビッグデータ×現象に基づくアプローチでレシピを創ってみましょう。先程、知的生産は、情報を何らかのプロセスを経て価値に変えることだと言いました。情報というのは、大量のレシピデータです。たとえば、世界各地から集めた料理レシピをデータとして学習させると、食材間の関係性をベクトル空間にマッピングできるんです。今回は、6700の食材の間にある距離(類似度)を、3次元空間にマッピングしてみました。
—— ディープラーニングはどこで使っているんですか?
出雲 どこの国の料理なのかを予測するところで使っています。その食材が、どの国のレシピらしいか、ということをかなりの精度で当てることができる。それは、後ほどレシピを創るパートで必要になってくるんです。こうして、食材の近さをマッピングしたことにより、ベクトル計算に基づいて新しいレシピを創ることができるようになったんです。
—— ほうほう。
出雲 たとえば「すき焼き」という日本のレシピがありますよね。これから、日本っぽさを引いて、フレンチっぽさを足し、「フレンチ風すき焼き」を創るといったことができるんです。すき焼きは日本に馴染みのある食材でできているけれど、それを似たような役割のフランス食材で置き換えます。牛肉はそのままで大丈夫、みりんはカルヴァドスというりんごの蒸留酒に、植物油はオリーブオイルに、醤油はブーケガルニ(香草類)に、長ネギはタラゴン(香辛料)に、たまごはバターに、という具合です。
—— たしかに! それをすき焼きと呼べるのかはわかりませんが(笑)。新しいレシピが一つできましたね。
石川 これ、実際シェフに作ってもらったんですけど、とてもおいしかったです。このアプローチはとてもディープラーニング的で、内部の計算で何が行われているのか理解するのは難しいのですが、とにかくレシピがどんどん作れてしまいます。
—— なるほど。では、もうひとつのコンピュテーショナル・クリエイティビティのアプローチは?
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