なんのための働き方改革なのか
石川善樹(以下、石川) 今回のテーマは、「働き方改革から考える、知的生産の本質とは何か」です。
—— えーと、ちょっと待って下さい……「働き方改革」がいま求められているのはわかりますが、そこから「知的生産の本質」に飛ぶんですか?
石川 たしかに、飛びすぎているように思いますよね(笑)。実は、最近いろんな企業から「働き方改革」の相談を受けるようになって、あらためて大きな気づきがあったんです。
—— それはどのようなことですか?
石川 整理すると2つあって、一つは「なんのための働き方改革なのか」という点です。意外かもしれませんが、「世の中の流れがそうなっているから」という理由で改革に取り組む会社が多いんです。夏目漱石の「現代日本の開化」ではないですが、「外発的」なんですね。
—— あー、確かにそういう企業が多そうですね。
石川 もちろん、きっかけが「外発的」であること自体は悪くないのですが、ただ本当に改革を進めていこうと思えば、「働き方を変えた結果、私たちはどうなるんでしょうか?」という点は、従業員として気になりますよね。
—— そうですね、労働時間や仕事量を減らしたいという人が大半だと思いますが、個人の力だけでは難しい。会社が「内発的」に働き方を改革した事例ってありますか?
石川 古い話になりますが、たとえば週休二日制を日本で初めて導入した企業ってどこか知っていますか?
—— うーん、わからないな。どこですか?
石川 僕も最近知ったんですが、「松下電機」なんです。1964年に東京オリンピックがありましたが、終わってから日本は不況に苦しむことになります。そんな厳しい状況の中、アメリカ視察を終えた松下幸之助が、「アメリカ人は週2日休んでいるのに、日本より生産性が高い。われわれもアメリカという先輩を見習おう」ということで、導入を決めたそうです。秀逸なのは当時のスローガンで、「1日休養、1日教養」というものなんです。
—— それはステキですね! 1日はしっかり休養をとって、もう1日は教養を身につける時間にしよう、ということですね。
石川 もちろん、当時は異論反論あったと思いますが、すぐに電通が追随することで、週休2日制は一気に日本全体に広まったようです。話を整理しますと、「働き方改革」においては、やはり松下幸之助が掲げたような、「内発的なビジョン」が重要になるなと。
—— なるほど。他にも、内発的なビジョンを掲げた働き方改革の事例はありますか?
石炭の産出量を14倍にした「スタハノフ運動」
石川 これも最近知った事例なんですが、旧ソ連のアレクセイ・スタハノフの働き方をモデルにした、通称スタハノフ運動というものがあります。
—— へええ、ソ連! つまり共産圏の話ですか。スタハノフは何をしたんですか?
石川 彼は炭鉱労働者だったんです。そして、その運動を経て、石炭の産出量を14倍にしたんですよ。
—— すごいじゃないですか!
石川 でしょう。スタハノフの取り組みに感化された政府が、「スタハノフ運動」と銘打って、全国で働き方改革を推進することになります。そしてこの運動には2つの重要なポイントがあります。1つは、「何のための働き方改革なのか」がはっきりしていること。つまり、ビジョンがあるんです。それは、旧ソ連が標榜していた社会主義ですね。社会主義で公正かつ平等な世界を目指したわけです。
—— そうか、打倒「資本主義」を目指した、内発的なビジョンですね。
石川 そう。結果的に社会主義はダメでしたが、当時としてはいいビジョンだったと思います。ここで、冒頭の話に戻すと、働き方改革には2つのポイントがあるという話をしました。
—— はい、1つは「何のための働き方改革なのか」というビジョンが必要だという話でしたね。
石川 はい、そしてもう1つのポイントが、「いかにして日々の仕事を生産性が高いものにするか」ということです。この点でスタハノフ運動は優れていたんです。
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