8 神田和也
——おかえり、パパ。
——和也、まだ起きてたのか、ママは?
——今、お風呂!
——そっか。ママと一緒に入ってこようかな。
テレビ局で働く人は家にほとんど帰る時間もないというけど、僕のパパはそんなこともなかったんだ。子供の僕がまだ起きているような時間に帰ってきて、ママや僕と話をする時間もあった。仕事をしながら家庭も大事にする。定番の理想のパパ。そんなパパ。ただ、「定番の理想のパパ」と「自慢できるパパ」は違ったりする。
これは僕が小学校五年の時の話。
子供はみんなカードを持ってるよね。どんなカードかって? 「かわいい」「かっこいい」「運動神経がいい」「家が金持ち」「勉強ができる」。そういう自分が持っているものを表すカードね。今挙げたのはポジティブなカード。逆もある。「貧乏」「ブス」「デブ」とかがネガティブカード。自分ではどうしようもない、生まれた時からの基本能力のカードもある。持たされている。小学校低学年のうちはそのカードの使い方に気づかない。本能的には気づいているのに、どう使ったらいいかが分からない。だけど、小学校四年生あたりから気づき始めるんだよね。事前に配られているカードによって、クラスの中でのランキングが決まっていくことに。しかもさ、カードの使い方によっては、自分がクラスの中で上に行けたり、下に落ちてしまうことに。
僕は他の男子に比べると背も低い。前から三番目で体も小さい。これで足でも速ければこの肉体はネガティブカードではないのだけど、そうではなかった。残念。勉強はできる方ではあったよ。けど、あの頃の「勉強」は決して強いカードではないんだよね。
だけど、そんな僕にも他の生徒が持っていないかなり強いカードがあった。パパがテレビ局で働いているということ。これはとても強いカードだった。収入も普通のサラリーマン家庭よりはいいわけで、「金持ち」のカードも持てていた。でも、それよりも、父親がテレビ局というカードは、無条件にキラキラ輝くプレミアカードだったんだ。
——和也君のパパってテレビ局で働いてるんだってね。
何度言われても自慢げになれるありがたいカード。テレビという実体の摑めないファンタジーな世界に実際に足を踏み入れている父親の子供なわけだからさ。この一枚のカードだけで十分だった。
僕の中でもパパは輝いていた。パパの作ってる番組が始まると、ママは「これ、パパの番組よ」と僕に教え込んでいた。母親は息子にも自慢げになる。その自慢げエキスが息子に注入されるわけだから、息子だってそうならざるを得ない。
パパが作ってるだけで番組がわくわくして見えた。その番組が面白いかどうかはどうでもよかった。僕はパパの作った番組を毎週楽しみにしていた。でもね、低学年のうちは気づけなかった。クラスにできる子とできない子がいるように、テレビ番組の中でもヒットしている番組とヒットしてない番組があるってことに。
人は疑わない。自分が一度手に入れた幸せは変わらないと信じている。子供の頃ならなおさらでしょ。パパがテレビ局で働いているというカードが弱いカードになるなんて思いもしないわけでさ。四年生になった時にある友達に言われたんだ。
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