旅行をしていて目新しいものを見ると、つい写真を撮りたくなります。最近は、日本を訪れる外国人観光客をたくさん見かけます。彼らがどんなものを撮っているのか観察してみると、とても面白いです。以前、ぼくが見たのは、自動販売機が10個以上ずらっと並んでいるのを熱心に撮っている観光客たちです。その人たちにとっては、そんな光景が目新しいものだったのでしょう。観光とは、未知なるものの発見なのです。
しかし逆の考え方もあります。観光とは、既に知っていることを確認することである、という考え方です。これを「観光客のまなざし」(tourist gaze)と言います。今日は、これについて考えてみましょう。
もう30年も前のことですが、ぼくは札幌の高校に通っていました。札幌にはご存じのように、明治期の白い木造建築として名高い時計台(旧札幌農学校演舞場)があります。北海道観光の目玉のひとつですね。高校生の時に、時計台を通りかかると、本州からきたとおぼしき観光客が時計台の写真を撮っているのをよく見かけました。しかし、彼らとしては困ったことに、時計台は高層ビルに囲まれているのです。テレビ番組とかガイドブックで見た時計台の光景とはずいぶん違って、ビルの陰の暗い中に時計台がぽつんとあるのです。観光客たちは、ビルが映り込まないようにアングルなど一生懸命工夫して写真を撮っていました。
観光客とは、現実を写すのではなく、撮りたいものを撮るんだな、となんとなく思ったのをよく覚えています。これが、ジョン・アーリというイギリスの社会学者が言う「観光客のまなざし」であることに気づいたのは、ずいぶん後のことでした。なお、のちに時計台の前には、まさにイメージ通りの撮影を行えるような撮影スポットを教える踏み台が設置されたそうです。
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