10%の殺し」と安心の需要

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」
女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強のマーケティング技巧」を持つ西城に弟子入りすることで解決しようとする七海。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第9回。

振り返ってみようと七海は思う。西城と初めて会ったときからだ。

「私は、先生に初めて会ったときに『受注数世界一の殺しの会社』を創りたいと言いました」

「正直、あれは驚いたよ」

西城はあのときを思い出すように目を細めて笑う。いつもの癖で、髭先を指でつまんでツンツンとはね上げている。たぶん、無意識にやっていることだ。

「そのとき、先生はこう言いました。『違法』で『高価』な上に、とても『リスク』が高い、殺しという商材を売るのは不可能だと。なぜなら、『マーケティングの三重苦』を背負うことになるからだと」

西城は、続けて、とでも言うように無言で頷く。

「『マーケティングの三重苦』とは、殺しが違法だからマーケティングで最も威力を発揮するはずの『広告』『営業』『PR』が使えないということ。そして、この吉祥寺の小ざさは、その『広告』『営業』『PR』がなくても、ビジネスを成功させている! つまり、最高のお手本という ことですね!」

だから、わざわざ西城はこんな朝早くに七海を吉祥寺に呼んだのだろう。この行列を実際に見せたくて。そして、世界最高のビジネスモデル、吉祥寺小ざさの話をしたくて。

「まだあります」

七海は西城の顔の前に、人差し指を立ててみせる。

ほう、と西城は右の眉を上げる。

「この前の話と組み合わせればいいんですよね?」

「というと?」

「先生、こう言ってましたよね。リスクがあるところに、必ず『安心の需要』が生まれる。だから、あらゆる種類の保険が世の中には存在するんだって。これと今日の話を組み合わせると、こんなビジネスモデルができるんじゃないでしょうか」

そう言って、七海はバッグからノートとシャープペンを取り出し、バッグの上に広げて書き 始める。

全体の売上(100%)=殺し(10%)+警備や保険などの「安心」(90%)

面白い、とそれを見て、西城は言う。

「受注数世界一の殺しの会社は、別に殺すだけが仕事ではない。殺しから『守る』ほう、いわゆるディフェンス面を仕事にしてもいいよね。小ざさは、名高い『幻の羊羹』で儲けているのではなく、実は最中で儲けているし、新聞販売店は、新聞の売上ではなく、折込チラシの広告費で儲けている。要は、したたかに、どういうビジネスモデルを組み上げるかってことだよね。見かけはどうだっていい」

はい、と七海は頷く。

「殺しは『行列』にします。受注数を制限して、待っている人が増えれば、それが『広告』の役割を果たすと思うんです。そうなれば、『営業』も『PR』もいらなくなる」

そのとおり、と西城は頷いて言う。

「ただ、重要なのは 10 %の『殺し』のほうだよ。そして、問題はどうやって『殺し』を『行列』にするか」

「そこが難しいんだと思います」

もし、「殺し」を行列にできなかったとすれば、おそらく、「安心」の売上も崩壊する。それは、小ざさの「羊羹」がなくなったとしたら「最中」も売れなくなるのと一緒のことだ。

話している間にも、後には列が延びていた。よく見れば、一列ではなく、向かい側にも列ができていた。

早朝、ダイヤ街で延びゆく行列を見ながら、七海はなぜ四〇年以上「行列」が途切れないのかを考えた。ビジネスモデルを解明するのと、実際に構築して「行列」を創るのとでは天と地の差がある。

結局、七海が「幻の羊羹」を三本手にしたのは、朝の一〇時半だった。

実際に手にしたとき、そのずっしりと重い羊羹は、金塊のように思えた。買えたこと自体が嬉しかった。西城の知り合いが経営しているという吉祥寺駅近くにある喫茶店に行き、包丁と皿を借りた。 喫茶店だというのに、熱い緑茶まで出してくれた。

「持ち込み、いいんですか?」

七海は小声で西城に言う。

「ああ、いいんだよ。もう話はつけてある」

マスターのほうを指す。マスターの手には今買ってきた「幻の羊羹」のうちの一本が恭しく握られていた。こちらに向かって、笑顔で頭を下げている。

なるほど、と七海は笑う。

緑色の箱を開けると、アルミの袋に入った羊羹が出てくる。古い喫茶店のオレンジ色の電灯のせいで、包みは金色の鈍い光を照り返し、七海はまるで本物の金塊を目にしているように思えた。

わぁ、と七海は思わず子どものような声を上げてしまう。

西城は、開ける手を止めて、ニヤニヤ笑う。アルミの包みを破り、出てきたのは、表面が透明に光る、美しいあずき色の物体だった。見るからに滑らかで、食感が早くも想像できて、七海はゴクリと唾を吞み込んでしまう。

西城はその「幻の羊羹」を、包丁で切り分けて、七海の皿に載せてくれる。そして、顎を出すようにして、食べるように促す。
緊張で、手にしたフォークが震えているのがわかった。フォークの先で一口大に切り分けて、載せ、羊羹をゆっくりと口に運ぶ。いつしか、目を閉じていた。あと少しで、羊羹が口の中に入ってくる。

「おいしい……」

声が漏れた。七海は自分が発したとは思えなかった。
そのとき、すっと、フォークを持つ手が止められた。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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