世界最強のビジネス「小ざさ」

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」
女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強のマーケティング技巧」を持つ西城に弟子入りすることで解決しようとする七海。今話題の書店経営者が初めて書く新しいマーケティング&エンタメ小説、第8回。

—何も起こらないのに、お金をもらってもいいのかって?

ふと、西城の言葉を思い出した。

「七海、だったら、何か起きたほうが顧客にとってもいいって言うの? 火事や地震、そして泥棒などの事件も、提供側と同様に、顧客にとっても起きないに越したことはないんだよ」

たしかに、と七海は思い出して笑う。

あの火曜日の朝のことは、今でもよく覚えていた。 言われたとおりに、七海は五時半に吉祥寺のダイヤ街と呼ばれる古くからあるアーケード街 にいた。始発でなんとか間に合う時間だった。

駅北口を出ると、左斜め前方すぐに、ダイヤ街の入り口があった。 この商店街に何があるんだろう。そもそも、本当に西城は来るのだろうかと、七海は伬んだ。

「あ、七海、ごめん、忘れてた」と、悪びれもせず言うパターンか、あるいは、「ん? 吉祥 寺? 何の話?」と、そんなこと言ってないよ、とすっとぼけて押し切るパターンか。または、本当に忘れているか。

遭遇する可能性が極めて低い。けれども遭遇すると凄まじいほどの経験値を得られる。 そのことから、西城はさる業界では、ある人気ゲームシリーズのレアモンスターにたとえて「はぐれメタル」と言われている。「はぐれメタル」なら、約束通りにいる可能性のほうが低いと考えるべきだ。

そう結論づけると、なんだか、気が楽になった。どうせ吉祥寺に来たんだから、まだ開店前の街を楽しんでみようと七海は思った。カメラを持ってきてよかった、と七海はオリンパスのミラーレス一眼カメラをバッグから取り出す。

開き直って、写真を撮りながらダイヤ街を歩いて行くと、左手に行列ができているのに気づく。

「この時間に、行列?」

しかも、一人、二人の話ではない。すでに多くの人が列に並んでいた。 その最後尾で、こちらに向かって笑顔でカンカン帽を振っている人がいる。銀髪が一際目立っている。

思わず、一枚、シャッターを切る。朝日がいい具合に横から差し込んで、いい写真になっただろうと手応えを感じる。

シャッターを切ってから七海は気づいた。

「え?   先生?」

西城である。

「遅いよ、七海。こっち、こっち」

西城は手招きをする。

「僕が一八人目で、七海が一九人目だから、大丈夫だね」

西城は七海に折りたたみ式の小さな椅子を差し出す。

「これ、なんですか? というか、何に並んでいるんですか?」

皆目、見当がつかない。なぜ、西城がここにいるのか。列の先に何があるのか。

「こら、小娘! 買わないんなら、そこどいて! 後に来た人が待っているだろうが!」

列の前方で、がなり声が響く。列の前方を見てみると、般若のような形相でこちらを見ている顔があった。

「あの人はこの列の常連さんだよ。なんと四〇年間、店が開いているときは一日も休まずにこの列の先頭に並んでいるんだってさ」

「四〇年!  ……それで、私たちは何に並んでいるんですか?」

七海は差し出された折りたたみ式の椅子を広げ、座りながら言う。西城だけでなく、前の客たちも折りたたみ式の椅子を持参している。おそらく、これがここの常連の流儀なのだろう。

「え? まさか、七海、知らないで来たのか?」

西城は素で驚いた表情を七海に向ける。いつもの黒い丸メガネの中の目が、いつもよりも腫れぼったいように見える。さすがに西城も早起きはきつかったようだ。この人も、寝るんだ、と内心おかしくなった。

「知らないでって、先生、何も教えてくれなかったじゃないですか」

まじかよ、と西城は本当に信じられないというふうに、短くため息を吐いた。

「ここは、吉祥寺だよ? ダイヤ街だよ? そして、早朝の行列だよ? そう来たら、決まってるじゃないか!」

「小ざさの羊羹!」

行列の人が何人か、奇しくも声を合わせて言った。そして、合ったことがおかしかったのか、ケタケタと笑い合っていた。年配の女性が多いようだった。

ありがとうございます、と西城は、列の前方に対して、銀髪の上にのせたカンカン帽を上げて、おどけるように頭を下げている。

「小ざさの、羊羹……」

七海は、それを聞いても、まるでわからなかった。

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殺し屋のマーケティング

三浦崇典

「受注数世界一の、殺しの会社を創りたいんです」 女子大生、桐生七海は本気だった。「営業」ができない、「広告」も打てない、「PR」なんてもってのほか、世界一売りづらい「殺し」をどう売るか――、そんな無理難題を「最強...もっと読む

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