「いらっしゃいませー。お並びの方どうぞ!」
呼びかければ、並んでいた女性は顔を上げ、私のいるレジへお会計にやってくる。
私はこの瞬間がとても好きだ。今受け取った一冊は、読むことを願われた本なのだ。読者と本の出会いに立ち会えたようで、ふつふつと嬉しくなる。
実は今、私はある本屋さんで働いている。
町の本屋さんでアルバイトをはじめて、一年が過ぎたところだ。週に四日、度なしの眼鏡をかけてレジに立っている。このことは一部の知人以外には内緒である。
地獄耳が呼んだチャンス
きっかけは偶然だった。エッセイ集『洗礼ダイアリー』の刊行準備が終わった二〇一六年の秋のこと。ポプラ社の担当編集者Sさんと今後について喫茶店で話しているとき、ふとこんな考えが口をついて出た。
「実はまたバイトしようと思ってるんです。今の生活だと、実社会との接点がないですし、ちょっと外に出てみたくて」
「ふづきさん、前は駅のジュース屋さんだったよね。次はどこがいいのかなあ。人と接する仕事がいいよね」とSさん。
うーん、人と接する仕事かあ……。
思案しながらSさんと別れ、近くの本屋さんにふらりと立ち寄った。ごく普通の町の本屋さん。でも、このお店はいつ来ても居心地がよく、つい吸い寄せられてしまう。
「ここにもうすぐ私の本も並ぶんだ……」と新刊台を見ながら妄想を膨らませていたとき、近くから話し声が聞こえてきた。見ると、若い男性が本屋の店主と立ち話をしている。
入口にあるアルバイト募集の貼り紙を見たらしく「書店経験者です」と志願する男性。店主は「男性はちょうどこの前採用したところで……。今は女性の方を募集してるんですよ」と申し訳なさそうに答えている。
私の頭の中で、運命の鐘が鳴り響いた。
なんてタイムリーな話題なんだ。神様、私にここで働け、ってことですか!?
実は以前から、「この本屋さんで働けたらすてきだな」と思っていた私。でも、もし不採用になったら、気まずさでお店から足が遠くなるだろう。こんなにいいお店で自分が役に立てるかわからないし……と、好きすぎるゆえに消極的になる「好き避け」状態だった。
そこへ巡ってきた大チャンス。「女性を募集中」という今ならイケるかもしれない。
かくして私は、無事アルバイトとして採用された。
落とされにくいことを知った上で受けに行くとは、いかにも臆病な私らしい行動だ。おそらく件の会話を耳にしなければ、今こうなってはいないだろう。地獄耳でよかった。
お客さんとの出会い
本屋の朝はとても忙しい。毎朝大量に届く雑誌の梱包を解き、付録をセットしたり、古い号を返品したり、怒涛のシュリンク包装(立ち読み防止に透明なビニールをかけること)に励んだり。
加えて掃除や、定期購読者の雑誌を抜く作業なども、全員で並行して行う。「ここまで本屋さんがやってるの?」と最初は驚いたものだ。
書店には、本のジャンルに応じた「担当」が存在する。奇妙なことに、担当のジャンルによって、スタッフさんのキャラも違って見える。
文芸書担当の女性には知的でアンニュイな雰囲気があるし、女性誌担当の人はテキパキ仕事を教えてくれて「デキる大人の女性」そのもの。コミック担当の方はサブカル色の強いパーマヘアがよく似合い、児童書の方は少女の感性を残した魔女っ子のような人。
挙げればきりがないが、それぞれの個性的な魅力が支え合ってお店を構成しているのだ。
新人の私は、週刊誌と幼年誌を担当することになった。はじめたばかりの頃は、大量の雑誌を前にあたふたし、作業を完了しないまま、指示された別の作業に手をつけたりと、ずいぶんボケボケであった。
「ふづきさん、あそこの引き出し、開けっ放しになってる!」「雑誌置きっぱなしだよ!」「ふづきさーん!」という度重なる注意に「ひー、すいません」と駆け回っていた(自分の部屋が片付かない理由がよくわかる……)。
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