メゾン刻の湯

母親んとこ戻るより、今の方がマシや」

母親に置き去りにされ、祖父である戸塚さんのもとで暮らし始めたリョータ。しかし転校先の学校でイジメに遭っていた。その現場を目撃したマヒコに対し「じいちゃんには言わんといて」とリョータは釘を刺すが――。社会からハミ出たくせものたちの集まる銭湯シェアハウスが舞台の傑作青春小説、第19話です!

 鳴き始めたばかりの蝉の声が、どこの木立ということもなく当たり一帯を包んでいる。遠くのビルの向こうには、赤い綿菓子を千切ったような夕雲が広がり、目に心地よかった。ある日の夕方の当番の前、僕は何のともなしに家の周りを散歩していた。

 家の前へと続く坂道に差し掛かった時、不意に前方の一角から小学生の一団が現れた。子供たちは狭い道いっぱいに広がり、騒々しいムードを撒き散らしながらもつれ合い、坂を下ってゆく。僕はなんだか近づきがたく、わざと歩を遅くしながら彼らが遠ざかるのを待った。黄色い帽子をかぶり、ランドセルを背負った子供たちの個々の判別はつかない。

 不意に、僕は彼らに不穏なものを感じて注視した。連中は何というか、とても攻撃的なムードを持っていたのだ。やがて彼らは口々に、集団の中心にいる一人の少年に向かって罵り言葉を投げかけ、傘でランドセルを叩いたり、小突いたりし始めた。

 そのうちランドセルがひったくられ、中身が路上にぶちまけられた。バラバラと飛び出た色鉛筆がてんでに坂道を転がりおちる。拾うために振り返ったその子の横顔を見たとき、僕はやっとそれがリョータだと気付いた。

「リョータ!」

 思わず叫んだ。

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”正しく”なくても”ふつう”じゃなくても懸命に僕らは生きていく。銭湯を舞台に描く、希望の青春群像劇

メゾン刻の湯

小野 美由紀
ポプラ社
2018-02-09

この連載について

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メゾン刻の湯

小野美由紀

”正しく”なくても”ふつう”じゃなくても懸命に僕らは生きていく。「傷口から人生」の小野美由紀が銭湯を舞台に描く、希望の青春群像劇! どうしても就活をする気になれず、内定のないまま卒業式を迎えたマヒコ。住む家も危うくなりかけたと...もっと読む

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