鳴き始めたばかりの蝉の声が、どこの木立ということもなく当たり一帯を包んでいる。遠くのビルの向こうには、赤い綿菓子を千切ったような夕雲が広がり、目に心地よかった。ある日の夕方の当番の前、僕は何のともなしに家の周りを散歩していた。
家の前へと続く坂道に差し掛かった時、不意に前方の一角から小学生の一団が現れた。子供たちは狭い道いっぱいに広がり、騒々しいムードを撒き散らしながらもつれ合い、坂を下ってゆく。僕はなんだか近づきがたく、わざと歩を遅くしながら彼らが遠ざかるのを待った。黄色い帽子をかぶり、ランドセルを背負った子供たちの個々の判別はつかない。
不意に、僕は彼らに不穏なものを感じて注視した。連中は何というか、とても攻撃的なムードを持っていたのだ。やがて彼らは口々に、集団の中心にいる一人の少年に向かって罵り言葉を投げかけ、傘でランドセルを叩いたり、小突いたりし始めた。
そのうちランドセルがひったくられ、中身が路上にぶちまけられた。バラバラと飛び出た色鉛筆がてんでに坂道を転がりおちる。拾うために振り返ったその子の横顔を見たとき、僕はやっとそれがリョータだと気付いた。
「リョータ!」
思わず叫んだ。
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