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美女入門Part16『美女は天下の回りもの』
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例のプライベートレッスンを受けてから、飛躍的にメイクがうまくなった私である。会う人ごとに、
「ハヤシさん、お化粧がめっきりアカぬけたねえ」
と誉められる。
おまけにあのプライベートレッスンは、髪をきちんとブロウする、というよい習慣をつけてくれた。髪をブロウする、などというのはあたり前のことではないか、という人がいるかもしれないが、不器用な私にとってこれは長年にわたりとてもむずかしいことであった。美容院でカットするたびに、とにかく手グシでまとまるヘアスタイルでと、いつも注文をつけていた私。が、手グシでまとめようとするのはかなり無理がある。若くてキレイなコだと「無造作な髪」ということになるのであろうが、私だとただのボサボサ髪。よって対談や取材のたびに、近くの美容院にすっとんでいった。多い時など週に四回通ったことがある。
「ハヤシさん、若い人はプロにカットしてもらえば、後は、ちゃんと自分でブロウしますよ。ハヤシさんもちょっとやってみれば」
と美容院の人にも注意されたぐらいである。私はどうしてこれほどブロウがヘタなのだろうか。思い悩んだ末、ブラシに凝ってみることを思いついた。プロの人が使う一万円もする豚毛のブラシを取り寄せてもらったこともある。が、これもうまく使いこなせない。手首をくるりと返して、ブラシを巻き込むという動作が出来ないのだ。
ブロウを日常的にやっている人は信じてくれないかもしれないが、美容院の鏡に向かっている最中私は目を凝らし、美容師の人の手つきを観察する。すると不思議、髪の表側をすくっていたブラシが、アッという間に裏側に入り込んでいる。いったいどうしてあんなことが出来るのだろうか。“ブロウ処女”の私は、すっかり悩んでしまったほどだ。
去年の二月、私はニューヨークにいた。あそこに行くと私は、ドラッグストアへ寄るのを楽しみにしている。あちらのドラッグストアは、日本のマツモトキヨシのようなもので面白く可愛い小物がいっぱいあるのだ。
私はそこで口紅のプリントがついた化粧ポーチを買い、日本では売っていない化粧品をあれこれいじっていた。その時ガラスケースの上のビデオが、アイデア商品のブラシの宣伝を流していた。画面の中では私と同じように不器用そうな女が出てきて、髪をブラシにひっかけて泣き出しそうな顔をしている。
「あなた、毎日のブロウでお困りになっていませんか。ほら、あなたのために全く新しいブロウブラシが誕生しました」
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