一九五七年十月三日。後にバイコヌール宇宙基地の名で知られることになるチュラタム・ミサイル実験場は、凍えるように寒い朝を迎えた。
「さて、私たちの最初の子を見送ろうじゃないか。」
ロケットが格納庫を出るとき、コロリョフはロケットを叩きながら感傷的に言った。
ロケットは寝かされて貨物列車に積まれ、発射台まで続く2.4㎞の鉄道の上を、ゆっくり、ゆっくりと動いていった。その後ろを、コロリョフを先頭にした技術者や軍人たちの列が、まるで宗教の儀式のように、静かに厳かに、歩いてついていった。五十分かけて発射台に到着すると、ロケットはゆっくりと垂直に立てられた。空に向けて屹立したR7は堂々たる威容だった。
ロケットの先端には原子爆弾ではなく、バレーボールほどの大きさの小さな人工衛星が積まれていた。その衛星には、「シンプルな衛星1号」を意味するプリスティエイシ・スプートニク1という名前が与えられた。
スプートニクの打ち上げは翌日夜の二十二時二十八分に決まった。打ち上げ前、コロリョフや軍の司令官たちは発射台から約100メートル離れた地下壕に入った。
「プスク!(始動!)」
司令官が指示すると、兵士がボタンを押し、打ち上げシーケンスが始動した。あとは全て自動で事が進む。コロリョフにできるのは、文字どおり人生を捧げて作ったロケットが設計どおりに飛ぶのを、ただ信じて待つだけだった。
「点火!」という兵士の声とともに、ロケットは凄まじい炎を吐き、凍てつく夜を真夏の昼のように照らした。地下壕に激しい振動と音が伝わってきた。数秒後、エンジンの出力が最大に達した時、ロケットを地面に縛っていた拘束具が解放された。自由を得たロケットは、コロリョフが少年時代に憧れた空へ、高く、高く、昇っていった。
拍手と歓声が沸きおこったが、打ち上げ八秒後に警報ランプが点灯し、場は一瞬で静まった。ブースターのエンジンの異常だった。もはや見守る以外に何もできないのが、もどかしくてたまらなかった。一秒が一分に、一分が一時間にも感じられた。ロケットはエンジンの不調を訴えながらも、速度と高度を上げていった。
「メイン・エンジン、シャットオフ!」
打ち上げ約五分後に兵士が叫んだ。燃料が全て燃え尽きたという意味だ。シャットオフは予定より一秒早かった。果たしてロケットは秒速7.9㎞に達したのだろうか? もしほんの少しでも足りなければ、スプートニクはすぐに地球に落ちてしまう。
いてもたってもいられないコロリョフたちは地下壕を飛び出し、屋外に停めてあった通信車に駆けつけた。通信車では二人の通信兵がアンテナを空に向け、スプートニクからの電波を拾おうと耳を澄ませていた。
「静かに!」
通信兵が怒鳴った。押しかけた群衆は黙り、固唾をのんで待った。さまざまな不安がコロリョフの胸を行き来した。
衛星が打ち上げの猛烈な振動で壊れてしまったのではないか? 空力加熱で溶けてしまったのではないか……?
長い、
長い、
長い静寂が続いた。
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