セルゲイ・コロリョフ〜ソ連のファウスト博士

「私」はどこからきたのか?1969年7月20日。人類がはじめて月面を歩いてから50年。宇宙の謎はどこまで解き明かされたのでしょうか。本書は、NASAの中核研究機関・JPLジェット推進研究所で火星探査ロボット開発をリードしている著者による、宇宙探査の最前線。「悪魔」に魂を売った天才技術者。アポロ計画を陰から支えた無名の女性プログラマー。太陽系探査の驚くべき発見。そして、永遠の問い「我々はどこからきたのか」への答え──。宇宙開発最前線で活躍する著者だからこそ書けたイメジネーションあふれる渾身の書き下ろし!
人気コミック『宇宙兄弟』の公式HPで連載をもち、監修協力を務め、NASAジェット推進研究所で技術開発に従事する研究者 小野雅裕がひも解く、宇宙への旅。 小野雅裕の書籍『宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─』を特別公開します。


その男は名をセルゲイ・コロリョフといった。

フォン・ブラウンの五歳年上。童顔だったが、ボクサーのように顎が歪んでおり、歯はほとんどが義歯だった。苦労した男の顔だった。髪はボサボサ、シャツはシワだらけで、指はいつもタバコのヤニで汚れていたが、女にはよくモテた。そして女好きだった。

コロリョフの幼年期は孤独だった。三歳の時に父が離婚して去った。母は遠くの大学に行ったため、彼は裕福な祖父母の邸宅に引きこもって過ごした。友達はおらず、子供らしい遊びもしなかった。

それがはじめて少年コロリョフの心に接触したのは六歳の時だった。彼が住む田舎町に航空ショーがやってきたので、彼は祖父に肩車されて見に行った。少年は小さな複葉機が自由に大空を舞うのを見た。飛行機を見たのは初めてだった。もしかしたら「自由」を見たのも初めてだったのかもしれない。その日から、彼は空の虜になった。

コロリョフは大学で飛行機の設計を学び、ソ連の伝説的な航空機設計者であるアンドレイ・ツポレフの指導を受けた。二十三歳の時に飛行機の免許を取り、自ら操縦するようになった。そして飛行機を限界まで高く、さらに高く飛ばすうちに、あの「何か」が心で囁いた。

「この上には何があるのだろう?」

それが、宇宙に興味を抱いたきっかけだった。

しかし戦争の足音が聞こえだした一九三〇年代のソ連で、コロリョフに与えられた仕事はやはりミサイル開発だった。彼は頭角をあらわし、二十代後半でソ連ジェット推進研究所の副所長にまで登りつめた。

悲劇は突然やってきた。一九三八年六月、黒服の秘密警察が彼のアパートに踏み込んだ。恐怖に怯える妻と泣きじゃくる三歳の娘を残して彼は連行された。原因は、彼の出世を妬んだ同僚によるありもしない罪の密告だった。行き先はシベリア。歯がほとんど抜け落ちるまで拷問され、死刑宣告を受けた。

六年後、なんとか生きて釈放されたコロリョフに与えられた仕事は、ドイツから奪ったV2ロケットの研究だった。戦後にドイツから連行した技術者を使い、彼はまずV2のコピーであるR1ロケットを作った。そしてそれを元に、R2、R5と、徐々にロケットを大型化した。そして一九五七年、ついに彼はR7ロケットを完成させた。

R7は高さ34メートルあり、重さはフォン・ブラウンのレッドストーン・ロケットの十倍の280トンもあった。ロケットの下半分を末広がりの4本のブースターが取り囲んでおり、そのシルエットはロングスカートをはいた女性を思わせた。

R7のミサイルとしての性能はおぞましかった。8,000㎞を飛び、アメリカ全土に原子爆弾を落とす能力があった。

ロケットと原子爆弾の組み合わせ。これこそまさに悪魔の兵器だ。たった一発で何十万の命を奪い、人々が長年にわたって築いた都市と文化を一瞬で廃墟にし、当時のいかなる技術をもっても打ち落とせず、住民に避難する時間的猶予すら与えないのだ。

なぜソ連がロケット技術にここまで力を入れたのか。もちろん宇宙のためではない。当時のソ連は航空技術においてアメリカに大きく水をあけられており、経済力も雲泥の差があった。だが、たとえ正面から戦って勝てなくとも、核ミサイルさえあればアメリカ国民を人質に取ったも同然である。ソ連は形勢の一発逆転を核ミサイルに託した。他の技術や国民の生活さえも犠牲にして、ロケットに予算を集中投下した。独裁国家だからこそできる大博打だった。規模こそ違えど、国家を核ミサイル開発へと向かわせた理由は、現代の北朝鮮と似ている。
* ちなみにR7は現在もロシアで用いられているソユーズ・ロケットの原型である。ソユーズは世界のどのロケットよりも抜群に多い1700回もの打ち上げ実績を誇り、低いコストと相まって、現代の商業打ち上げ市場において大きなシェアを占めている。

コロリョフの夢はフォン・ブラウンと同じく、殺戮ではなく宇宙にあった。そしてそれを実現するために「悪魔」の力を借りるしたたかさも、フォン・ブラウンと同じだった。R7は核ミサイルとして開発されたが、レッドストーンと同じく、ほんの少しの改造を加えるだけで、秒速7.9㎞の壁を破り、人工衛星を打ち上げることができた。そして彼と彼の心に巣食うそれは、夢を売り込むタイミングを慎重に見計らった。


現在も用いられるソユーズ・ロケットはR7の直系子孫で、第一段のデザインはほぼ変わらない。(Credit: NASA)

R7よりひとまわり小さいR5ロケットを使って世界初の核ミサイル実験を成功させた三週間後の一九五六年二月二十七日。ソ連の最高指導者フルシチョフがコロリョフの設計局に視察に訪れた。R5ロケットの実物を見てフルシチョフはご満悦で、どの国が射程距離にあるのかと聞いた。その質問を想定していたコロリョフは、あらかじめ準備してあったヨーロッパの地図を見せた。東ドイツを中心にR5ロケットの射程を表す円が描かれていた。その円はスペインとポルトガルを除く全ヨーロッパをすっぽりと覆っていた。

「イギリスを滅ぼすにはいくつのミサイルが必要かね?」

フルシチョフは静かに聞いた。

「五発で足ります。」

ウスチノフ兵器相が自信ありげに答えた。

だが、これはまだ序章に過ぎなかった。コロリョフはフルシチョフたちを次の部屋へ案内した。扉が開くと、その部屋の天井はカテドラルのように高く、そこには高さ34メートルもの怪物のようなロケットが屹立していた。

R7だった。

アメリカ本土に原子爆弾を落とせるという説明に、フルシチョフはこの上なく上機嫌だった。

タイミングは今しかない。コロリョフは切り出した。

「もう一つだけ、お見せしたいものがあります。」

そして彼はフルシチョフを部屋の隅に案内した。そこには小さな、あちこちの方向に棒が突き出した、不思議な形の物体が置いてあった。それはロケットでもなければ爆弾でもなかった。一体それがアメリカを負かすためにどう役に立つのか、見当もつかなかった。フルシチョフの頭の上には疑問符が並んでいた。コロリョフは言った。

「これは人工衛星です。」

コルク

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宇宙に命はあるのか ─ 人類が旅した一千億分の八 ─

小野雅裕

銀河系には約1000億個もの惑星が存在すると言われています。そのうち人類が歩いた惑星は地球のただひとつ。無人探査機が近くを通り過ぎただけのものを含めても、8個しかありません。人類の宇宙への旅は、まだ始まったばかりなのです…。 NASA...もっと読む

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needleyes #SmartNews (u_u)まるでSF小説のような 人の話。 https://t.co/mYzLRSbHHR 4日前 replyretweetfavorite