話題の角田光代訳『源氏物語』に迫る!

天女から羽衣を脱がせて短パンとランニングに着替えてもらうこと。| 角田光代×池澤夏樹【第1回】

2017年10月6日に大阪市・中之島会館「朝日新聞 作家LIVE『源氏物語』を訳すということ」と題して行われた、角田光代さんと「日本文学全集」編者の池澤夏樹さんによる公開対談。「源氏物語」をどのような方針で訳し、どう小説観が変わったかなど、大盛況の観客を前に語り合った模様を2回にわたってお届けします。


■ 文学全集のはじまり

池澤 日本人は文学全集が大好きなんですよね。大正から昭和へと改元される直前の1926年11月、改造社の社長だった山本実彦が、出版不況の対策として大博打をうった。それが文学全集の由来です。文学の名作を集めて、一冊一円、薄利多売、全巻予約制で「現代日本文学全集」を刊行した。予約金1万円で予約会員を募り、毎月一冊配本するという、新しい販売方式でした。予約が多かろうと少なかろうと、出版社は全巻を刊行しつづけないといけません。読者との固い約束がありますからね。蓋を開けたらこれが思わぬ大ヒットで、23万セットの予約がありました。この予約金を出版資金にできる。これほどすばらしい出版形態はないということで、他の出版社も真似をして、あっという間に文学全集ブームに火がつきました。1926年から50年以上、このブームは続いたんですよ。

角田 そんなに長く続いたんですか。私が生まれた頃もまだ文学全集ブームですね。

池澤 ただ、さすがに戦争中は文学どころではなかったですけどね。戦後に暮らしが楽になってくると、家が建ち、居間や応接間ができて、本棚がつくられる。では本棚には何を並べようか。そうだ、文学全集を入れたら綺麗だし、教養にもなるじゃないか。そんなふうに文学全集は復興期の生活にうってつけだったんです。本を読めば知的に高いレベルへいけると、人びとが信じていた時代です。たとえ自分が読まなくても、子どもたちが読むかもしれない。家に並んだ文学全集は、知性への向上心の跡かもしれません。  そんな全集ブームもやがて衰退します。教養なんて積み重ねなくていいよ、次から次に好きな本だけ読めればいいよ、といったふうに、教養から娯楽へと出版全体がシフトしていった。いちばんのきっかけは角川春樹さんかな。70年代後半、角川書店の本の売上を伸ばすため、本のタイアップとして映画を制作していきます。横溝正史の原作物や、『人間の証明』『野性の証明』あたりの印象が強いですね。その頃から文学全集はしだいに廃れてきて、80年代には刊行されなくなりました。

角田 なるほど、そうなんですか。

池澤 『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』を出した河出書房新社も、かつて文学全集で大いに潤った会社なんですよ。すぐれた全集を何種類も出しています。
 それが2005年だったか、当時僕はフランスに住んでいましてね。河出の昔なじみの編集者がやって来て、「池澤さん、世界文学全集やらない?」と言うんです。「時代錯誤もいいところだよ」と僕はけんもほろろに一蹴した。いまや誰も教養主義は信じていないし、全集は場所をとって煙たがられる。第一、昔の文学全集が50冊セット1万円で古本屋さんに放出されているでしょう。誰からも見向きされていないじゃないか、と。
 ところがその後、河出の若い編集者たちと喋っていたら「池澤さん、世界文学全集を作りませんか」と言うんです。昔の全集ブームを知らない人たちですね。いや、家には何冊かあったかもしれないけど、作ったことのない人たちです。そうか、若い連中が言うんだから、何か見込みがあるかもしれないと僕は思った。「やってみるか。どんな作品を集めようか」と、若い編集者たちと相談しながらリストを作っていった。今さらホメロスやドストエフスキーではないですね。それらは既に文庫本がありますから。いっそ20世紀後半の作品ばかりを集めて「世界文学全集」と名づけてしまおうじゃないか。ちょっと強引でしたが、そんな工夫を凝らしたら、なかなかうまくいったんです。

角田 「世界文学全集」を手がけていたとき、すでに「日本文学全集」のプランがあったんですか。

池澤 いや、なかったんですよ。「世界文学全集」がうまくいったもので、当時の若森社長が「池澤さん、日本文学全集もやろう」と言い出したんです。なんと安直な誘いでしょう。僕は世界文学は昔から読んできたし、それらの書評が本職みたいなものですから、「世界文学全集」はやることができました。けれども日本文学のことは知らない。自慢じゃないけど、まったく知らなかったんです。『源氏物語』だって最後まで読み通したことがありませんでした。

■ 日本人とはなにか

池澤 「世界文学全集」の最後の巻を出したのが2011年の3月10日でした。翌日が東日本大震災ですね。震災からまもなく、僕は東北に通い詰めた。現地は大変なことになっていて、手助けしなければいけない人がたくさんいた。つい自分の非力さが情けなくなってきてね、ふと思ったんです。この国はまったく自然災害が多い。地震が起こって、津波がきて、火山が噴火して、台風がやって来る。僕たちはどうしてこんなに居心地の悪いところに住んでいるのだろう、と。
 しだいに、日本人とはどういう人たちだろうと考えるようになりました。いったん自分たちを鏡に映して見たくなったんです。僕はしょっちゅう外国に滞在してきて、日本のことをあまり知らない。でも僕は文学者だから、文学を手がかりにすれば考えられるのではないかと思った。そこで衝動的に、若森さんが言った「日本文学全集」をやってみようと思いつきました。なんだか無責任な話ですよね。

角田 「世界文学全集」は20世紀後半の作品を集めたとおっしゃいましたけど、「日本文学全集」は古典から現代の作品までおさめられていますよね。

池澤 ええ。古典から現代までを通した文学全集って珍しいんです。僕は日本人とは何かが知りたくて全集をつくるのだから、日本人が文学を作り始めたときから今までを辿りたかった。
 さて現代の作品は誰でも読めるけど、古典はなかなか読めるものではない。でもこれは古文の勉強ではなく、楽しい文学なのだから、今の人に読んでもらわなくては困る。だから新しい現代語訳をつくろうと思いました。こういう発想を、古典への冒涜だとおっしゃったのが三島由紀夫さんですね。たぶん三島さんは、文学を天女のように崇めていたんです。僕は卑俗な人間ですから、天女の手を引っ張って、一緒に暮らしたいんです。生活を共にするのですから、羽衣のようにひらひらしたものを着られていては大変です。ですから、天女にはジーンズとセーターに着替えてもらいたい。それが現代語に訳すということだと僕は思います。
 では、誰が訳すか。古典に詳しい国文学の学者さんはたくさんいらっしゃいます。でもこれは文学だから、文体が大事になってくる。文体をもっているのは学者ではなく、作家と詩人です。それも今、現場で小説や詩を書いている人たちに現代語訳をお願いすることにしました。作家・詩人たちを文体のスタイルで分類して、作品とのマッチングを考えていきました。

角田 池澤さんご自身は『古事記』の現代語訳をされていますね。

池澤 当初はそんな気はなかったんですけどね。作家と作品のマッチングを考えているとき、ふいに「ところで池澤さんはどの作品を訳すんですか」と編集者に言われました。「僕は全体の指揮をとるんです」と言ったら、「だめです。司令官が先頭に立って戦わなければ兵隊はついてきません」と言う。「そんな物騒な比喩を使うもんじゃありません」なんて言いながら、僕はなるべく簡単そうな『古事記』を選びました。
 『古事記』はいちばん古い。だけど難しくないんです。『古事記』に出てくる人たちはまっすぐです。出会った途端に愛し合い、奪い、盗み、殺す。心のためらいがありません。だから話が速くて直線的で、文体にも深みや陰影がなく簡潔です。これは注釈書を片手にテンポよく訳していけると思っていました。実際はそうもいかなかったんですけどね。
 角田さんにお願いしたのは、「日本文学全集」でいちばん大きな仕事、『源氏物語』です。ついに『源氏物語 上』が完成し、中・下と続いていくのですが、角田さんは現代語訳でどういう苦労をされましたか。

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話題の角田光代訳『源氏物語』に迫る!

「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」編集部

発売以来、話題騒然!角田光代による新訳『源氏物語 上』。 『八日目の蟬』など数多くのベストセラー作を生み出してきた角田さんが“長編小説断ち”宣言をしてまで、現代語訳を引き受けた理由、実際に訳しはじめてからの苦労や「源氏物語」の魅...もっと読む

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Kawade_shobo 更新しました! 10日前 replyretweetfavorite