僕の変な彼女を紹介します

世の女性たちがなんとなく共有する、誰もが知るおじさん著名人たちへのファジーな嫌悪感の正体に迫る新連載「ニッポンのおじさん」。
第9回は、文学フリマ発としてデビュー作が話題となった、爪切男さん『死にたい夜にかぎって』を取り上げます。
変な女と付き合っていることを自負している男の心理とは?

私は付箋を貼るために本を読む

 私は恋とオカネと夜とセックスが好きだけど、その次くらいに付箋が大好きだ。つまりその辺のお菓子とかお酒とか音楽とかよりは付箋が好きで、文房具屋や100円ショップに行くと、ついポストイットを始めとする付箋を買ってしまう。そしてその付箋を貼りたいがために、よく本を読む。別に読書が好きなわけではない。私は付箋が好きなのだ。

 本を読んでいて、好きな文章があると付箋をつける。言い回しや言葉の選び方が好きな場合もあれば、単純に新鮮な真理だと思って好きになる場合もあるが、とにかく、本の内容がくだらなかろうが、嫌いな作家だろうが、死ぬほど下手くそな三流小説であろうが、好きな一文さえあれば私は満足する。読書が好きなわけではなく、付箋が好きなわけだから。

 そしてどんなに気に入らない装丁だろうが、著者が気に入らないペンネームだろうが、つい声を出して笑ってしまった箇所にも付箋をつけることにしている。文章の好き嫌いは100%ただの主観だが、笑いはコントロールできるものではないので、とてもフェアだ。泣いた箇所ではなく笑った箇所にしているのは、私は別に泣いて生きていきたくないし、できれば笑って生きていきたいと思っているからで、別に笑いを生む表現だけが偉いと思っているからではない。私の一番好きな小説は『愛の生活』だが、金井美恵子のエッセイならともかく、少なくとも『愛の生活』で笑ったことはない(そんなに独特な笑いのツボは持っていない)。笑いではない純粋な付箋で、『愛の生活』は厚みを帯びている。

付箋だらけになった爪切男の文章

 そしてもちろん、別に世界のレベルが低下しているわけではなく、私の人間としてのレベルが上昇しているため、一冊の本を付箋だらけにするようなことは年々減っているわけだが、最近久しぶりに、割と付箋だらけにして読んだ本がある。知り合いの編集者さんが送ってくれた爪切男の『死にたい夜にかぎって』という本だ。帯には「文学フリマ発 “野良の偉才” ついにデビュー」とあるので、一部の暗い人たちの間では有名なのかもしれないが、とりあえず文学フリマになんて通うオタッキーな人生を送っていない私には初めて聞く名前だった。

 偏見持ちの私は自分の名前を「爪切男」なんてつけちゃうセンスは嫌いだし、それを出会い系サイトで知り合った女性につけてもらった、なんて人のせいにする往生際の悪さも嫌いだが、どんなに自分が嫌いそうな作家でも、付箋についてはフェアにつけていくことにしている。

 全体的にはビョーキ持ちの変な女との東日本大震災直後までの同棲生活を綴りつつ、初体験や幼少時の思い出も振り返るような内容なのだが、付箋をつけたのは結果的にほとんどが、細かく細かく、若干トゥーマッチなほど頻出する暗喩と直喩の箇所だった。軽快で、軽妙で、可笑しい。それから、主人公の「僕」のつぶやきに、同意とは別の意味でうっかり感動してしまった箇所もあった。途中、彼女のダイエットをきっかけに破綻しかけた関係から、二人でダンスを踊るというニーチェ的な展開にも息を飲んだ。

 文学フリマを知る私の知人はこの文章の妙を「文学フリマっぽいうまさ」と言っていたので、文学フリマっぽいと言うとわかりやすいのかもしれないが、「この世に面白いDJなんているんだね」という台詞をつい口に出して読むくらいは、私はこの人の書き方は嫌いじゃないと思った。付箋好きのみならず、読書好きにも勧めてみたいとは思う。

唾を売る女、宗教信者のヤリマン・・・・・・と付き合う「僕」

 で、一人の付箋貼りとしてせわしなくこの本を読み終えた後に、一人の女としてこの「僕」への一貫した嫌悪感に向き合っている。理由はわかっている。私は変な女と付き合う男が嫌なのだ。いや、正確に言うと「僕は変な女と付き合っている」という男が嫌いなのだ。高村光太郎も嫌いだし、ベティブルーも嫌だ。

 彼と交わってきたのは、総じて変な女である。まず、長年同棲した女はうつ病薬の減薬中に彼氏の首を締めたりするのだが、もともと彼と出会う前は唾を売って生活してきたのだという。唾というのが彼による身体の暗喩なのか、そもそも彼女の嘘なのか、そういった箇所が面白くて付箋を貼る私と、唾を売っていた女を紹介する男を嫌悪する私。ちなみに私も唾液は高校時代に何度も売ったことがあるが、フィルムケースに5分以上かけて目一杯の唾を溜めるのはものすごい重労働で、それがたったの1万円ちょっと。ブルセラショップで唯一、「得してる感」が少ない、労働量に見合った商品だった。

 初体験は車椅子の女、テレクラであったのは188センチのダイダラボッチ女、初恋の相手は自転車泥棒、初の彼女は鐘を鳴らす宗教団体の信者でヤリマン。ざんねんないきもの事典を地でいっている。そして自分が唾を売っていた女をはじめ、いろんな女をどのようにして愛したか、真摯に書き留めている。友人の評価はイマイチでもShe So Cuteを地でいっている。

 「変な女と付き合ってきました」と語り出す男にも類型がある。まず、人の変な部分を抜き出して話すのが上手い、あるいは人のことを面白おかしく書くのが上手い人。私の大学時代の友人で「うちの彼女マジでカレー臭いんだよね」と言っていた男がいるが、実際に会った彼女は真っ当な臭いの真っ当な美人だった。この類型、一番まともなようでいて、自分が付き合った時の弊害がやばい。

変な女と付き合う男のヤバイ心理5箇条

 第二に、変な女と付き合ってきた俺はちょっとその辺の普通の男と違うんだぜという「俺ってちょっと変わったセンスの持ち主」系自意識の男。つまり付き合ってきた女の普通じゃなさをもって自分の個性を演出したい男。それまでは普通のいい女と付き合っていたけど、普通のいい女に飽きたからこの類型に突入する、途中参加型も結構多い。元男の娘AV嬢とスクープされたホリエモンとかそうなんじゃないか。(ちなみに、この類型の何がいやって、「モデルとか可愛いことは散々付き合ったけど、つまんない」などと、本人悪気もなくむしろ「面白い」とか褒めてるつもりで近づいてくることで、女は「面白く」ありたくない。可愛くないって言われてるみたいじゃん。)

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ニッポンのおじさん

鈴木涼美

どこか物悲しく、憎めないおじさん。男にリスペクトされる好感度高い系おじさん。こじらせおじさん。新しい価値観で社会を斬るおじさん。そして日本社会を動かすおじさん。彼らはなぜ〈おじさん〉になってしまったのか。彼らの何が〈おじさん〉たる所以...もっと読む

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コメント

hibari_to_sora 『私は変な女と付き合う男が嫌なのだ。いや、正確に言うと「僕は変な女と付き合っている」という男が嫌いなのだ。高村光太郎も嫌いだし、ベティブルーも嫌だ。』 @Suzumixxx | 2年弱前 replyretweetfavorite

c51125 最近のネットで有名になる人の奥様はだいたいこういう人だと思う。 2年弱前 replyretweetfavorite

urina1203 若くてもオジサンでも、「俺、ちょっと狂ってる女のほうが好き」っていう人いるよね。わたしは今年に入ってから、5回言われました。 2年弱前 replyretweetfavorite

kurumaruotoufu 唐突に児童書 "ざんねんな〜"普通に面白いよ https://t.co/LqlCJU9x3N 2年弱前 replyretweetfavorite