つまらない真実より面白い嘘を。少女漫画の神様「山岸凉子」の短編集

京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う名著を選んでみた。40作目は、山岸凉子の『二日月(山岸凉子スペシャルセレクションⅧ)』。少女漫画の神様の短編集。私はこれを読んで、世界に物語が必要な理由がわかった。【Kindle版発売開始】『人生を狂わす名著50』より特別連載。作家、有川浩も推薦! →公開は毎週木・金です。

少女漫画の深淵を覗きたいあなたへ

『二日月(山岸凉子スペシャルセレクションⅧ)』山岸凉子
(潮出版社)初出2010

つまらない真実 VS 面白い嘘

私はこれを読んで、世界に物語が必要な理由がわかった。読めば人生観が覆される、「人間の業」を見つめた少女漫画。#少女漫画の神様の短編集 #男性が読んでも絶対おもしろい #短編集なので時間がないときに #ふつかづきと読む #歴史物・ファンタジー・すこしSF的なもの・ラブコメ・不倫ものなどジャンル多数 #価値観を変える一冊


 物語って、何のためにあるのでしょう。
 いや、別に何のためだなんて功利的なことを言わなくてもいいのですが、私たちはどうして物語を読むのでしょう?
 おもしろいから。……だけど、ただの娯楽と言い切るにはあまりに私たちをつかんで離さない。虚構の物語は、言ってしまえばただの「嘘」なのに。

 私は山岸涼子先生の漫画を読むといつも、「物語は何のために存在するのか」を知ります。
 物語という「嘘」の装置は—時に事実を述べるよりもずっとずっと深く誠実に、「真実」を語ることができるから。

『二日月』は少女漫画家・山岸涼子先生の短編集です。

 山岸涼子先生というと、もう少女漫画好きで知らない人はいない神様で、代表作は『アラベスク』とか『日出処の天子』とか、それはもう深くて美しい漫画を描く人なんですね。読んだことのない方はぜひ、ぜひ、ぜひ、一冊手に取ってみてほしいのですけども!
 もちろん代表作となっている長編漫画も(言うまでもなく!)すっごくおもしろいのですが、私はこの『二日月』をはじめとする短編漫画が大好きなんです。

世界に物語が必要な理由がわかる一冊

 たとえば、『二日月』の中に所収された『朱雀門』という漫画。
 主人公の千夏は、部活の先輩に憧れたり、小説を読んだりしつつ、日々を楽しく送る中学生の女の子。
 ある日、千夏の叔母が「婚活」を始めた、と聞きます。叔母はイラストレーターとして自立し、気ままな独身生活を送る素敵な女性。千夏は内心「えーっ、なんで婚活? 好きなことして生きる理想のお姉さんだったのに!」と思いつつ、家へ遊びにきた叔母と、そのとき読んでいた芥川龍之介の『六の宮の姫君』の話をします。
『六の宮の姫君』をかいつまんで説明しますと—ある平安時代の姫君が、親に死なれ頼れる人もおらず、途方に暮れている。世話してくれた男も京から離れてしまう。姫君はおいおい泣くばかりの日々……。その後、姫君は門の下で息を引き取る。門のほとりでは、女の悲壮な泣き声が聞こえるようになる。法師は言う、あの泣き声は「極楽も地獄も知らぬふがいない女の魂でござる」と……。

 この小説のラストに対して、千夏は疑問を持ちます。 「これじゃあんまり姫君がかわいそうじゃない!?」と。悲しい運命の挙句、成仏もできない姫君。なぜ芥川龍之介はこんなふうに、姫君を「ふがいない女の魂」として描いたの? 
 すると叔母は、こう言います。

「あら そこが芥川龍之介のすごいところだわよ
「生」を生きない者は 「死」をも死ねない…と彼は言いたいのよ」

 実はこの六の宮の姫君は、運命を甘んじて受けるだけで、自分でどうこうしようと努力していないんですね。おいおい泣くばかりで、ただ周囲が何とかしてくれることを待つだけ、耐えるだけ。

「この何も知らない、見ない、ただ待つだけ耐えるだけなんて、そういった人間は自分の『生』を満足に生きていないのと同じよ。たとえこの時代のお姫さまだとてね」

《人生を狂わせるこの一言》

「生とはね、生きて生き抜いてはじめて『死』という形で完成するんですって」

「つまりは生きるという実感がなければ、死ぬという実感がなくてあたりまえなのよ。六の宮の姫君は自分が死んだという実感もまたわからないまま死んだんだと思うわ。結局死をうけいれられなかったのよね」

 千夏と叔母の話はこのあとも続き、「なぜひとりで好きに生きていた叔母が、突然お見合いをしようとしたのか?」という謎が解かれることになります。千夏は、叔母の言葉の意味を考えようとするのです。
—それにしても、漫画の中でこんなことを言われちゃ、千夏ちゃんだけじゃなくて、私たち読者も、考え込まざるをえないですよね。
 生き抜く、ってどういうこと? 死は単に死ぬだけなんじゃないの? と。
 これ、本当はすごいことなんですよ。読者に「この台詞ってどういう意味?」って考えさせることって、存外難しいことなんです。
 たとえばエライ人の講演会で「生き抜いてはじめて『死』という形で完成するんですよ」なんて聞いても、案外スルーしちゃう。
 それがどれだけ深い真実であろうと、言葉としてぽんと出されただけでは、ふーん、いいこと言ってるなー、で終わる。
 けれど、漫画や小説の中で「物語」として登場人物の心情や謎を追いかけるうちに、ハッと作者の「伝えたい真実」に出会ったりすると、「え、これってどういうことなの?」と考える。
 山岸先生の漫画は、そういう作者の深い考えや真実がめいっぱい詰まっていて、だけどそれがまったく押しつけがましくなく、読者に届くんです。
 つくられた嘘の物語だとしても、それは事実を述べられることよりも、真実をずっとずっと心の深いところに届ける。だから物語によって人は痛いところをえぐられたり、すくってもらえたりする。
 物語ってすごいよな、と思います。

 さて、山岸凉子先生の『二日月』です。一級品の物語ですよ。覚えてくれましたか? ほら、今すぐ書店へ買いに行ってくださいねっ。


次に紹介する本

消せないコンプレックスを持つ女へ

41/50『イグアナの娘』萩尾望都
(小学館)初出1994

母娘の愛情 VS 母娘の憎悪

イグアナの顔をした母娘の間に生まれる「憎悪」から、自分との向き合い方を50ページで見事に描き切った短編漫画。#短編少女漫画 #文庫で出てます #少女漫画界の神様の作品!!! #菅野美穂主演でドラマ化 #短いのでさくっと読めます #ちょっと童話風味 #子ども目線でも親目線でも「親子って難しい」って一度でも思ったことある人はぜひ #ちょっと「深いな……」って思う作品を読みたいときにおすすめ

Kindle版発売! 知らない本が知れる。知っている本は、もっとおもしろくなるブックガイドです。

人生を狂わす名著50

三宅香帆
ライツ社
2018-02-02

この連載について

初回を読む
京大院生が選んだ「人生を狂わす」名著50

三宅香帆

京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」 と思う本を選んでみた。2016年「はてなブックマーク数年間第2位」となり大きな話題を呼んだ記事を元ネタに、現役の京大院生で、天狼院書店で働く文学マニアの23歳が、「世界...もっと読む

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nyan_nyan_tyau "少女漫画の深淵を覗きたいあなたへ" もう大好き💕 https://t.co/n2l2jo9YOP 5日前 replyretweetfavorite

ikb 『六の宮の姫君は自分が死んだという実感もまたわからないまま死んだんだと思うわ。結局死をう… https://t.co/bbwC2HDNQ0 5日前 replyretweetfavorite

m3_myk ▶︎cakes連載更新です! 山岸涼子先生の『二日月』をご紹介してます。 少女漫画界の神さまの短編集です🙏 https://t.co/opW3weQqt3?amp=1 5日前 replyretweetfavorite