会社の値段はいくら?
「三本木先生の新作、またもや重版がかかりました。とうとう50万部突破です!」
営業部長の早瀬は、月曜日の全体朝礼で、弾んだ声で発表した。社員からは拍手が起きて、社内は幸せムードに包まれていた。
昨日、美鈴は高校3年の夏休みに入った。美鈴が社長に就任してからおよそ1年が経つことになる。三本木竜彦の新作が大ベストセラーになった効果もあって、売上・利益・キャッシュの面でも森下書房は見事なV字回復を遂げていた。
同時に、ファイナンスの観点からキャッシュを残すための対策をしてきたこともあり、資金繰りも大幅に改善していた。
「倒産するかもしれない」と冷や冷やしていたのが、遠い過去の話であるかのようにほとんどの社員が感じていた。
しかし朝礼でみんなが笑顔を見せる中、ただ一人、美鈴だけは笑顔が引きつっていた。
というのも、朝礼前に御園から呼び出され、思いもよらぬ話を聞かされていたからだ。
〈何が正解なのだろう……〉
大きな夏休みの宿題を抱えた美鈴の頭の中には、自然と石島の顔が浮かんでいた。
「いらっしゃいませ。久しぶりですね」
「期末試験と会社の仕事の両立が大変だったからね」
石島が出迎えてくれた三毛猫茶房は、3カ月前と何も変わっていなかった。変わったことといえば、白猫のシロが寝ている位置が、イスからテーブルの上に変わったことぐらいだろうか。
一時期、猫カフェへのリニューアルも石島は真面目に検討していたようだが、今の三毛猫茶房の雰囲気が美鈴は好きだった。なにより、父のお気に入りの場所が残ってくれたことがうれしかった。
美鈴は席に着くと、メニューを見ることなくメロンソーダを注文した。
「クリームソーダを頼むということは、煮詰まっているということですね」
石島はお見通しだ。
「そうなの。実はミソじいから、とんでもなくむずかしい夏休みの宿題を出されちゃったの」
「経営に関する宿題ですか?」
「実は、買収の話が来ているの」
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