うれしい報せ
2週間後、森下書房の会議室。美鈴以下、幹部が顔をそろえていた。
この席で美鈴にとってうれしい報告が2つあった。
ひとつは、営業部長の早瀬から。
帯を巻き直すなどして再販促をかけていた『くずし字解読入門』がプチブレーク中だという。3000部の重版をかけて、歴史書コーナーに並べてもらえるよう全国の書店に猛プッシュをかけたところ、歴史好きの読者の注目を集めて、確実に売れているという。
しかも、全国ネットの報道番組で歴史ブームの事例のひとつとして、『くずし字解読入門』の著者が取材を受け、本も紹介されることになり、さらに1万部の大型重版も決まった。
「今週の木曜日が放送日ね。みんなで集まって一緒に見ようよ!」
美鈴の声も弾んだ。
「この分だとロングセラーになって、さらに売り伸ばしができそうですね」
営業部長の早瀬も満面の笑みだ。
こうした売れ行き好調のロングセラーが生まれる中、同時に新刊の部数を抑えて、こまめに重版をかけるという方針も徹底していた。そのかいあって、少しずつ資金繰りを改善することに成功し、経理財務担当の御園も、どことなく表情がやわらかい。
もうひとつのうれしい報告は、編集長の田之上からだった。
企画会議で甲本が提案した『中学生でもわかる哲学教室』のマンガ版の企画を、まずは電子書籍で発売してみるつもりだという。
「リアル・オプションでしたっけ? 甲本くんが珍しく理論的に説明するので、反論の余地がありませんでした。美鈴社長、よろしいですね?」
田之上は、美鈴と石島の入れ知恵であることをすでに見透かしていたようだ。かすかに笑みを浮かべて美鈴に同意を求めた。
「いいと思う。甲本さん、しっかり説明できたんだ?」
「ところどころメモを見ながらでしたけど」と田之上。
「ありがとう。田之上さん。ファイナンス的に考えても正しい選択だからきっと大丈夫」
そういって、美鈴は笑顔を見せた。早瀬は状況を理解できずに、美鈴と田之上を交互にキョロキョロと見るばかりだった。
会議を終えようとしていたとき、美鈴のスマートフォンに一件のメッセージが届いた。
「あっ、三ちゃんからだ」
美鈴はスマートフォンを操作すると、「えっ」と小さな声をもらした。
「どうしました?」と早瀬。
「えっ!」
美鈴の声はさらに大きくなり、スマートフォンの画面を操作する指の動きが一段と激しくなった。
「えええっ!!」
美鈴はとうとう悲鳴にも近い声をあげた。
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