「それにしても、おかしいと思わない?」
座席に着くなり、響妃は言った。
秋山と響妃が受付を済ませたころには、一階席は隙間なく観客でぎっしり埋まっていた。臙脂色の緞帳はまだ降ろされたままだった。
「おかしいって、何が?」
「だから、警備員の数よ。いくら有名人のリサイタルだからと言って、これほどの警備員が必要? しかも、なぜ、プロのボディーガードで固めているの?」
たしかに、響妃の言うとおりだった。 外でも中でもそうだったが、今日見たのは、イベントスタッフというよりも、警備員であって、警備員というより、むしろボディーガードでありSPだった。
「それに、あの入念な手荷物検査は何? まるで……」
考えすぎだよ、と秋山は被せるように言った。
「コンサート会場でも、プロ野球の球場でも、普通、手荷物検査、あるよ」
「でも、金属探知機やボディーチェックって空港並みじゃない?」
「響妃は、なに、テロでも起きるんじゃないかって、そう言いたいの?」
秋山は笑いにしようと言ったが、隣の響妃はこれに乗らなかった。
真剣な表情で頷いてこう言った。
「おそらくね。テロかどうかわからないけど、主催者側は何かが起きるかもしれないって思っているんじゃないかな。だから、この豊島公会堂に急遽会場を変えた」
秋山も思い当たる節があった。今話題の美人チェリストである山村詩織クラスになると、もっと大きな会場で公演をするはずである。実際に、元々は西口にある東京芸術劇場でやる予定だったのが、一週間前に「演奏者の意向により」東口の豊島公会堂に変更になった。
それについて、山村詩織は、今のように売れる前から使っていた思い入れのある豊島公会堂でやりたかったというコメントを発表したが、その会場変更により、収容人数に比べてエントランスが狭い豊島公会堂で、誘導のオペレーションが混乱したことは間違いない。
「たしかに、演奏者が思い入れがあるからと言って、会場を変更するのはおかしい。しかも一週間前。もし、何らかの事件が起きると想定して、犯人の準備を無効にするために会場を変更したと考えれば、辻褄が合う。でもさ、なんで山村詩織が狙われなければならないの?」
わからない、と響妃は、よく見るとやはり美しい面立ちを正面に向けて、脚を組み、腕を組み、唇に右手を当てて、首を横に振る。その整形したという眼差しは、降ろされた緞帳の向こうに向けられているかのようだ。
「わからないけど……。今日、ここで何かが起きるような気がするの」
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